第10話
「今、なんて言いましたか」
ブレザー姿の四角奈さんは腕を組み、言葉を繰り返す。
「だから雇うって言ったんだよ」
「雇うって……それっていいんですか?メイド部員をメイド部員が雇っても本来の目的にそぐわないような」
これは一応メイド部の売名のための部活であると聞いている。
あとは僕の借金を返すため、お金が部内で循環しても意味のないような……。
「細かいね」
むすっとして四角奈さんが唇を尖らせる。
「いいから早くどっか行こ?こんな廊下に突っ立っててもしょうがないでしょ」
僕を手を引いて彼女は楽し気に走り出してしまう。
ひきずられないように必死について行きながら、口を開く。
「四角奈さんって普段はそんな感じなの?」
「そんな感じって……ああ、私オンオフ分けるタイプだから」
メイド服のときの彼女はもっと淡々としていて不意に感情が漏れるような雰囲気だった。
口調も丁寧で、一つ一つの所作にもその丁寧さがにじみ出ている。
けれど、今の彼女はとても奔放で生き生きとしている。
メイド服ではない制服、ため口で話す彼女はとても新鮮だった。
ただの一人の女の子を相手にしてるような、そんな感じ。
校舎の近く、通学路の逆方向を行くと繁華街が見えてくる。
カラオケ店やカフェ、雑貨屋が立ち並ぶ学生御用達の遊び場のスポット。
僕たち以外にも何人もの生徒が行き交い、各々好きなように遊んでいる。
「あ、相変わらず足早いね……四角奈さん」
肩で息をしながらその場に立ち止まる。
「あ、ごめんね気にかければ良かった。でもあんまり時間ないから」
「時間?」
ようやく落ち着いて聞き返すと、
「そう、遊ぶ時間。ここ来たこと無かったから来てみたかったんだ」
「なるほど……それで僕は何をすればいいの?荷物持ちとか?」
「違うよ」
四角奈さんは少し顔を赤らめて言う。
「今日は砂糖さんと一緒に遊ぶ、荷物持ちとかじゃなくて……色々付き合ってほしい」
「うん!いいよ!色々遊ぼう!」
笑い返すと、こくりを頷いた。
「けど僕じゃなくても、砂糖さん友達いっぱいいるでしょ?」
「いないよ」
「嘘だあ、昼休みエプロン返すつもりで教室覗いたけど大人気だったじゃん」
残念そうに首を振る。
「あれは友達じゃないよ。なんというか慕ってもらってるだけ」
「……そっか」
まずい、聞いちゃいけないことだったか。
「ま、まあ入学間もないですし!これからですよね、これから」
「そうだね。頑張ってみる」
胸の前で小さく拳を握り、自分を鼓舞している。
「それで、どこに行くんですか?」
遊びに行くと一口に言ってもやれることは多々ある。
今は僕がメイド、四角奈さんに楽しんでもらえるように頑張ろう。
顎に手を当てて考える四角奈さん。
「うーん……考えてなかった。普通高校生って放課後どんなことをして遊ぶの?」
「普通、ですか。僕もそんなに詳しくはないですけど、ゲームセンターに行ったり、カラオケで歌ったり、有名コーヒーチェーン店でお茶したりですかね」
「なるほど。まずは小腹を満たすため、そのコーヒー屋さんとやらに行こう」
別のコーヒーチェーン店に入ろうとした四角奈さんを止めて、スター〇ックスに入店する。
「あそことここ、どう違うの?」
「分かりません。ですが最近の若者はだいたいこっちに入ります」
「流行というやつだね、一つ賢くなった」
入った途端にほとんどの客と店員の手が止まる。
その視線は僕へと注がれて、忘れかけていた恥ずかしさが復活し、四角奈さんの背中にしがみつく。
ひそひそと話す彼らは一様に僕のメイド服について感想を言い合う。
「大丈夫ですか?駄目そうならこのまま帰っても」
「いえ……問題ないです。借金返済と、兄さんに会うためなので」
顔が赤いまま、四角奈さんの制服から手を離す。
店内は暖色の灯りで薄暗く照らされて、席のほとんどを学生が使っていて、この店特有の意識の高そうな大人は少ない。
学園都市だからこの人数比は間違いないのか。
カウンターではせわしなく店員がコーヒーを淹れたり、コーヒー以外のメニューを作っていたりする。
数人がカウンター前に並び、それに倣って僕たちも並ぶ。
人数が減って、とうとう僕たちの番。
「いらっしゃいませ。なににいたしますか?」
「えっと……じゃあこの期間限定のやつで」
店内を見回して目についた、メロンとかのよく分からない飲み物を注文する。
「ご、ご主人様はどうしますか」
言いなれない物言いに軽くにやけて聞く。
店員は小声で「本物だ……」と感動を漏らしている。
違います、男だし全くの偽物です。
ご主人様はメニューを凝視して、諦めたように告げる。
「なにがなにやら分からない……」
「じゃあ僕のと同じやつにしますか?」
こくりと情けなさそうに頷き、店員にもその旨を伝えた。
「合計で1400円になります」
やっぱこういうお店は高いなあ。
僕が財布を開くと、四角奈さんはそれを制止して、自分で支払ってしまった。
「いいんですか?」
「だって砂糖さんお金ないよね」
「でも申し訳ないです」
「今日は私がご主人様だから、払わせてね?」
得意げに彼女は翡翠色の眼を細める。
やられた。
完成したグラスを受け取り、空いた席に座る。
グラスの中はオレンジ色が底に沈みそこから黄緑のグラデーション、黄緑のホイップが絞られている。
オシャレな飲み物だなあとなれないために月並みな感想を持つ。
四角奈さんが貰ったレシートには僕の似顔絵が描かれていた。
『メイドさん!可愛い!!』
「良かったね」
「だから、可愛いは嬉しくないです」
「じゃあ何が嬉しいの?」
「……男らしいですね」
「砂糖さん、男らしいよ」
「僕今メイド服なんですよ。そんなわけないじゃないですか」
不貞腐れながら、ストローから甘くて冷たいフラペチーノを吸う。
そんな僕におずおずと聞きづらそうに口を開く。
「やっぱりメイド部嫌?入部しなきゃよかったって思ってる?」
「……まあ多少は。もう少し心の整理というか、危ない世界にこんな簡単に入っていいものかって思ってます」
「私お金持ちだから。砂糖さんの借金肩代わりできるよ、本当に嫌だったら言ってね」
少しの静寂が二人の間に続く。
「それはないと思います。これは僕の責任なので、どうせいつかは兄さんを追いかけて入部してましたから。ただ腹立つのは日乃実さんが強引に入部させたことで……すみません、変なこと言って」
納得したように四角奈さんは頷く。
「部長のこと悪く思わないで欲しいな。多分あの人なりの優しさだから」
「あれのどこが優しさですか」
「砂糖さんは一般人でしょう、覚悟を決めてこっちに来たらもう元には戻らないって思ってしまう。でも適当な理由で入ったら、抜けるのも適当な理由でいい。嫌になったとき、全部部長の責任にできるから」
「そんなことしませんよ!」
「今はね、でも明日には分からない、そういう世界だから」
声を荒げる僕に顔色一つ変えず続ける。
「だからメイド服が嫌とか借金が無理とかそういう理由で辞めていいからね。私たちはそんなことで砂糖さんを責めない」
達観した物言い。
僕は言葉を失って、漠然とした怒りを宙にぶら下げた。
「ごめん暗い話した。もっと明るい話しよっか」
怒りは徐々に萎んでゆき、思考を保留する。
「このフラペチーノおいしいですね」
「これってふらぺちーのって言うんだ」
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