第9話
「現在、メイド部は舐められている!」
昼休み、部長の召集で部室に行くとそんなことを日乃実さんが言っていた。
洋館のようなアンティーク調の趣がある部室に僕と四角奈さんは日乃実さんの話を傾聴する。
訳あって僕、砂糖丸はメイド部に入部することになったのだ。
こつぜんと姿を消した兄を追いかけ入学した瀟赦学園。
そこはただのエリート校ではなく、各界隈悪党の卵が集まる治安最悪の学園だった。
メイド部に入ることがが兄に会える方法の一つだと言われ、入部に迷っていたら――
百三十万の借金を抱えて、働くことになりました。
なにがどうなったらそうなるのか昨日の自分に問いただしてやりたいです。
「裏部活の”古株”ほんの数年前までマフィア部と肩を並べていたこの部活は今地に落ちている!」
正座する二人の前で日乃実さんはぱんぱんとホワイトボードを叩いている。
ボードには『廃部の危機!』と書かれていた。
……これどこで見つけてきたんだろう。
「そこで私たちはいくつも依頼を受けて、足で稼ぐしかない!戦闘が出来るのは凛子ちゃんだけだから一般メイド業で稼ぐってことだね」
僕はそこで手を挙げた。
「はい!丸ちゃん!」
「足で稼ぐって具体的にどうするんですか?一般メイド業っていったい、」
「良い質問だね。凛子ちゃんお願い」
日乃実さんが二度手を鳴らす。
「すみません砂糖さん。恨まないでくださいね」
背後からそんな声がして、隣にいたはずのメイドさんの姿が消えている。
手首が掴まれたかと思うと持ち上げられて、ばんざいのポーズで宙にぶら下げられてしまう。
四角奈さんは僕より身長が高いので、既に足がカーペットにつかない。
「ちょっ、四角奈さん!?」
「ふっふっふっー……観念するがいいよ丸ちゃん。君はこれからメイド部らしい格好になるのだー」
手をわきわきとさせながらにじり寄る日乃実さんに恐怖を抱きながら、必死に逃れようとするが強い力で地面に降りることすら叶わない。
「いっいや、いや……ぎゃああああああ!?」
放課後の廊下、部活や帰宅で騒がしくする生徒が行き交う場所。
普段ならなんてことはない日常の景色なのに、一つの非日常があるせいで生徒たちはみなそこを見ている。
「なに?メイドさん?そんな部活あったっけ」
「なにあれ小さーい!可愛いー!!」
「すげえメイドなんているんだこの学校、来て良かったな……」
「メイドー!メイドはいかがですかー!安くはないけど日雇いでなんでもできるメイドー!ただしえっちなことはしないよー!」
ずるずるとスカートの裾を引きずりながら闊歩する茶髪の幼女。
その後ろを耳を真っ赤にして縮こまり歩く黒髪の女の子がいた。
フリル付きのミニスカートに食い込む白のニーソ、白の付け袖、頭にはふわふわのカチューシャをつけたコスプレのようなメイド服。
ただ四角奈さんが買ってきたどこかのブランド品らしいそれはコスプレというより、本物のメイドさんのような質の高さを見せていた。
「ほら丸ちゃんもちゃんと宣伝してよ!恥ずかしがらずに」
「そ、そう言われてもこんな服装じゃ無理ですよぉ……」
女の子、というか僕。
恥ずかしさで目はうるみ、息は荒い。
スパッツをはいているもののあまりの通気性の良さに足が竦む。
両手に持つ『依頼募集中!』の旗をたよりに、たどたどしく一歩ずつ進んでいた。
こんな調子で依頼なんて受けられるとは思えない。
「安心して!ちゃんと可愛いよ!」
「そんなこと心配してませんよ」
だめだ、泣きそう。
震える声で反論するのがやっとだった。
「あ!いた!」
向こうの廊下からこちらに走ってくる眼鏡の青年は僕たちを見つけるや否や、トップスピードで駆け抜けてくる。
日乃実さんにぶつかる直前に立ち止まると、ひざまずいて彼女の手を取った。
「囲碁将棋部の石谷だ。もうすぐ大会なんだ、天才と名高い君の力が借りたい」
「私は安くないよ?」
「無論報酬は払うとも」
「……よし!契約成立!」
日乃実さんは石谷と名乗る青年に肩車されると、そのまま元来た道を走り出した。
「えっ、ちょっ!?一人にしないで!」
「大丈夫だよ丸ちゃん!君は可愛いからなんとかなるさ」
振り返り手を振る彼女はいつの間にか小さくなって、声すら聞こえなくなる。
「それ、褒めてないですって」
か細い声で一応の抵抗を示す。
気付けばぽつんと一人、『仕事募集中』の旗を持ち視線が自分に注がれるのを感じながら立ち尽くす。
これからどうしよう。
「い、いりませんかー……?なんでもやるメイドさんはいりませんかー?」
震える声色で廊下を練り歩く。
へっぴり腰で半泣き、頭の中では早く帰りたいとしか考えていない。
周囲の生徒は見物するだけでちっとも僕に話しかけてこない。
悲しい、寂しい、でも話しかけられても困る。
ぐるぐると眩暈がしてさっきまで聞こえていた周囲の音が急に聞こえなくなる。
恥ずかしさとコップレックスで死んでしまいそうだ。
「いりませんかー?メイドさんいりませんかー?」
「買うよ。大変だね、砂糖さん」
聞き覚えのある優しい声。
下がりきった視線を上げるとそこには、
「今度は立場が逆だね。よろしくメイドさん」
制服姿の四角奈さんが笑って立っていた。
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