第8話
僕の再戦の申し込みに日乃実さんは笑顔になる。
「いいよー!次も負けないから」
今度は手を抜かない、可哀想だが負けっぱなしも癪なんだ!
石を並べ直し真剣に挑む。
「ま、また負けた」
63対1で僕の負け。
彼女はメイド服の裾をぱたぱたとさせながら、勝利を楽しんでいる。
「また、やる?」
挑戦的な笑み。
少し腹が立って、石をすぐに初期位置に戻す。
「もちろん!」
三度目の正直を挑むと、日乃実さんの瞳がいっそう輝いたように見えた。
「負けた……本当に強いんだね日乃実さん」
盤上に白い石はたったの二つ。
正座を崩して、少し後ろに手をつく。
彼女は褒められたことと連勝したことで上機嫌になったのか、満足げに薄い胸を張っている。
にしても、本当に強い。
子供のころは負けなしだったから今もきっと強いだろうと驕っていたら、まさかこんな小さな子に負けてしまうとは。
三回やって三回とも負け、最終的に残った石は0個、1個、2個と……
「ん?」
62対2の散々たる結果と彼女の顔を交互に見る。
「まさか次勝負したら、僕を61対3で負かすつもりだったりしますか?」
「すごーい!良く気付いたね!」
僕は背中からカーペットに倒れた。
完全敗北だ。
石数さえ制御しながら勝てるとは、幼少期の武勇伝とは比べるのもおこがましい実力を持っている。
「だいじょうぶ?あ、もしかしてやりすぎちゃった?」
煽るつもりは毛頭無さそうな声色で、倒れる僕の顔を覗き込む。
「いや、日乃実さんには是非ともオセロの道で活躍してほしいと思っただけです」
「なにそれ、でも楽しそうでいいね!」
屈託のない笑みに押しつぶされそうになる。
銃を突きつけられても冷静に対処が出来て、その上ボードゲームも強い。
こんな小さな女の子に僕はかなり劣っていた。
「一つ聞きたかったのですが」
「なあに?」
「パレスに住むにはどうしたらいいんでしょう。そこに兄が住んでいるらしくて」
その瞬間、日乃実さんの表情が強張り、納得の色を浮かばせる。
「あの無駄に豪華なマンションに住むには裏部活ランキング上位三位にランクインする必要があるんだ」
「うら……なんですか?」
「まあ聞いてよ。実は私、今三位にふんぞり返ってる部活に個人的な恨みがあってさ。だから丸ちゃん、君と私の目的は合致している」
裏部活ランキングというものはよく分からないが、僕がパレスに住むにはそれの上位三位の部活に所属する必要がある。
そして彼女は現在三位の部活に恨みがあり、是非ともその玉座から引きずり下ろしたいと思っている。
確かに合致してるけど、別に入部することを決めたわけでは……。
「只今戻りました部長……と砂糖さん?」
薄く開いていた扉が大きく開けられて、メイド服姿の四角奈さんが現れる。
忘れていたはずの白いエプロンは予備があったのか、先日会ったときと変わらない格好だ。
手には紙袋が持たれており、知らないブランド名が印字されている。
僕の顔を見て少し驚いたような顔をした。
「どうしてここに。いえ体験入部に来るようメモに残したのは私ですが」
「今日は体験入部じゃなくて、忘れ物を届けに来たんです」
「ほらこれ」と、畳んだエプロンを渡す。
驚きの表情はほぐれて温かいものに変わる。
「ありがとうございます。どうしてこんなもの忘れていたんでしょうね」
軽く笑って、受け取ったエプロンを腕にかけた。
「あー!やっぱりエプロン忘れてたんだ!もーしっかりしてよね」
「すみません部長、不注意でした」
叱られる四角奈さんと叱る日乃実さん。
身長と立場のミスマッチ感がどうにも微笑ましくて、真剣な現場には見えない。
僕はそのまま四角奈さんの手を引いて、日乃実さんからは聞こえないくらいの距離を取る。
「どうかなさいましたか?」
「すみません、どうにも引っかかるんですけど。部長って」
何を言わんとしているのか気付いたらしい彼女はこそりと告げる。
「線日乃実先輩。瀟赦学園三年生で、メイド部の部長です。全然見えませんよね」
「どうしよう……僕全然年下だと思って接してました」
「部長はそういうこと気にする方じゃありませんよ。オークションクラブ以外には基本優しい方です」
オークションクラブ。
聞いたことのない単語だが、おおかた裏部活の一つなのだろう。なにか因縁がありそうだ。
振り返り日乃実さんの方を見る。
話題の本人は何が起こっているのか分からないという様子で首を傾げている。
「ないしょばなし終わったー?」
「あ、はい。もう戻ります」
「とにかく、気にする必要はないと思います。むしろ部長は砂糖さんを気に入ってるかと。頑張ってください」
そう言って肩に触れ、先に戻るメイドさん。
『気に入ってる』から『頑張ってください』に繋がる文脈がどうにも分からなくて、首を傾げつつ二人の元に戻る。
「すんすん……なにか変な臭いがしますね。誰か大勢来ましたか?」
「うん、マフィア部がね、凛子ちゃんに報復に来てたよ。追い払ったけど一応気を付けてね」
そこから二人はメイド部らしいと言えばらしい、一般人の僕には分からない話を続けた。
そういえば、ここに来た目的は四角奈さんの忘れ物を返すことだ。
既に達成され、メイド部部室にもう用事はない。
仲良さげな二人を置いて、その場を離れようとして――
「なーに帰ろうとしてるの?まだ丸ちゃんにはやることがあるでしょ」
ぐいと手が引かれて、動けない。
振り返ると日乃実さんが意地悪な笑みを浮かべている。
「やること?なにかありましたっけ」
「とぼけないでよ!遊んであげたんだからお小遣いちょーだい!」
あ、なるほど。
先輩だから後輩に付き合ってあげた感覚なのか。
四角奈さんのときも給与を請求されたし、メイド部は対価をもって色々な活動をしていく部活なのだろう。
ポケットから財布を取り出し聞く。
「おいくらですか?」
「百三十万!」
「はいはい百三十……万?今なんて」
小銭を漁る手を止めて、一応お札を入れる部分を探してみる。
うんない。一万すら入っていない。
「だから百三十万だよ」
「そんな大金持ってるはずないじゃないですか!!」
「えー?私は丸ちゃんの命の恩人だよ、この程度安いくらいじゃない?」
「た、たしかに。でも手持ちが……というか預金にもそんなにないですし」
「貧乏なんだ」
「百三十万をぽんと出せるのは富裕層だけですよ。まけてくれませんか?」
「やだ」
ぷいと不機嫌にそっぽを向く。
「やだって、払えないんだからしょうがないじゃないですか。こんなぼったくり価格」
「ふーん払えないんだ、じゃあ働いてもらうしかないよね」
「本当にぼったくりバーみたいな手法だ!」
「うるさいうるさーい!いい!!丸ちゃんはこれからメイド部の部員、頑張って働いて借金返してね!」
「無茶ですよ!百三十万なんて何年かかるか!」
「逃げたら許さないよ……いい?」
圧のある笑み。
僕はこれ以上の意見は無駄だと本能的に感じて、その場にへたり込む。
「は、はひ……」
四角奈さんの応援の意味が今やっとわかった気がする。
僕はこうしてメイド部に入部することになった。
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