第7話
「じゃあ改めて」
涙目を余る裾でごしごしと拭いて、僕の膝から離れる。
くるりと踵を返し、拙い所作でスカートの両端をつまむ。
淑女のつもりなのだろう。
元気な性格からか、ごっこ遊びのような雰囲気は否めない。
「メイド部、線日乃実です!びゅーって伸びる線に、お日様の実で日乃実だよ!どうぞおみしりおきを」
言いなれないのかカタコトの「お見知り置きを」に少し緊張がほぐれる。
「一年の砂糖丸です」
「じゃあ丸ちゃんだ!」
「あ、はい。丸ちゃんです」
満足げに日乃実さんは頷いて、自分の中に浸透させるように口の中で何度も呟いている。
そういえば日乃実さんは何年生なんだろう。
確か瀟赦学園の敷地には小学校もあったはずだし、四角奈さんの親戚とかなのかな。
彼女のメイド服を見て、着てみたい!って言い始めたとか……。
「日乃実さんは、」
裏部活について知っているんですか、そう聞こうとして、
「オセロやろー!私ね、結構強いんだよ!!」
という元気な叫びに僕の問いはかき消える。
不良に蹴られたオセロの盤と石は二人で集めて、目の前に丁寧に収納されている。
もともとこういうゲームは対戦相手ありきで成り立つ。
一人遊びでするにはとても寂しい、なんだか可哀想になって僕は頷いていた。
「やったー!」
ぱちぱちと8×8の盤の中央四つに、白と黒の石を交互に置く。
「私強いからー後手で白使っていいよ!」
そう言いながら白石の隣に黒石を置き、ひっくり返した。
「あの、メイド部とかマフィア部とか裏部活って一体なんなんですか」
「あれ凛子ちゃんから聞いてない?」
「聞いてないです。僕みたいな一般人が巻き込まれていい世界じゃないって、答えてくれませんでした」
雑談をしながら、石をひっくり返す。
オセロなんてやるのはいつぶりだろうか。
兄と何度もやった記憶はあって、そのたびに僕は勝っていたような気がする。
ボードゲームなら兄より得意で、幼少期は彼女のように得意げに家族や友人に勝負を挑んでいた。
日乃実さんは首を横に振る。
「ふーん確かにね!でも丸ちゃんはどうなの?知りたいから凛子ちゃんにも私にも聞いたんでしょ?」
「はい、まあ……」
「しゃきっと答える!丸ちゃんは私たちの世界に興味があるんでしょ!?」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばして答えると、日乃実さんは睨みを利かせた目を細める。
「うむ。じゃあ私が教えてしんぜよー。凛子ちゃんの判断も理解できるんだけどね。丸ちゃんとびきり箱入り息子みたいだし、瀟赦学園は刺激の強い世界だから妥当な判断だと思うよ」
「箱入り息子って……僕はただ一般人なだけです」
「あら、じゃあこの学園には一般試験で入学した感じ?」
「他に入学する方法ってあるんですか?推薦とか色々あるとは思いますけど」
ひっくり返された石の隣に自分の石を置く。
良くて互角、僕の方がずっと強いだろう。
こんな小さな女の子に本気を出すほど大人げなく育っていない。
少し手を抜いてみようかな。
「瀟赦学園は悪の学校だから。裏口入学がザラに行われてるんだよ!」
「へー…………はい?」
「権力者の息子、財閥の御曹司、裏企業の跡取り……そんな悪のカリスマの子供たちが裏で生き抜く力をつけるための学校なんだー!かく言う私は弁舌の立つ政治家の娘、凛子ちゃんは代々メイドを務める格式高い一家の末柄だったっけ」
現実味の無い彼女の物言い。
小学生の戯言だと笑い飛ばすには僕は巻き込まれ過ぎている。
「知らなかったです」
俯き噛みしめる僕を笑う。
「当然だよ!だって裏社会の人材育成だもん、目立ってどうするのさ。毎年一般試験では市民役を募っている。裏部活はざっくり言えば派閥争い、各々将来を見据えた部活に入るんだ。マフィア志望はマフィア部に、メイド志望はメイド部に……という感じに!」
瀟赦学園の敷地の広さと設備の充実性、学園という形を逸脱したこの学校にそんな思惑があっただなんて。
悪党の学び舎と聞いてこの学校の治安の悪さに納得してしまっている自分がいる。
「にしても運悪いね!昨日から巻き込まれっぱなしじゃん」
「運悪くは、ないです。おかげで兄に会えそうなので」
「兄?」
首を傾げる日乃実さんに、昨日四角奈さんにしたものと同じ説明をする。
途端に彼女は頬を引きつらせ、盛大に失笑する。
「なるほどなー!名前を聞いた時点で嫌な予感がしたんだよ」
「日乃実さんも兄さんを知ってるんですか?」
「有名人だからね」
「へー!じゃあすぐに会えるかもしれないですね!」
「裏社会の学校の有名人がそんな気さくに会ってくれると思う?」
「思わないです……」
兄さんは僕たち家族から離れて一体何をしていたのだろうか。
彼女はもう語ってくれなさそうだし、やっぱり本人から直接聞き出すしかないのか。
ぱちん。
日乃実さんが最後の石を置き、決着がつく。
黒が64個で白が0個。
彼女の圧勝である。
にやりと得意げな表情に負けず嫌いが発動してしまう。
「もう一戦お願いします!」
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