第5話
「……もう朝か」
携帯のアラームの音で起きて、目をこする。
けたたましく鳴るアラームを消し、液晶に表示された時刻『6:30』を確認した。
「ふわあ」
大きく欠伸をして、はっきりしない意識のままベッドから這い出る。
少し開いた窓からは涼しい風が吹いていて、朝の青白い光がレースのカーテンから差し込んでいた。
「ごはん?」
ローテーブルに置かれたお盆、その上にはサラダとハムエッグとトーストが乗せられていた。
朝食セットだ。
試しにトーストを少しかじるとまだ温かい。
「僕昨日ちゃんと見送ったよね」
まだ起きない脳みそを回転させながら、昨晩のことを思い出す。
「……うん、帰ったはず」
作りたての朝食の隣にはメモがある。
それはどこかの部屋へ行くための手順のようだ、緻密な手書きの地図も添えられている。
旧部活棟という場所に部室があるらしい。
端には『メイド部部室への行き方。体験入部お待ちしております』と書かれていた。
やっぱりメイド部って普通じゃない……暗号が必要な部室ってなんなんだ。
『PS.こんなセキュリティの低い家からは早く引っ越した方が良いですよ』
視線は開いた窓に自然と移る。
まさかね……ここから入ったとかないよね?
あのメイドさんは不法侵入もお手の物らしい。
よく分からないスペックの高さに溜息をついて、朝ごはんの隣、白い布を見た。
「どうやったら忘れるんだろう、これ」
メモの隣には白いエプロンが置かれている。
四角奈さんが常に身に付けていたメイド服の一部、フリルの付きの装飾の多いエプロン。
「ご飯作った後につい癖で……とか?」
悩んでも仕方ない。
どうせ今日学校で会えるだろうし、そのときにでも渡そう。
「凛子様!私と一緒にお昼食べましょう!!」
「駄目よ凛子様は私と図書館でお勉強するの!紙とインクの匂い、静寂が包む知識の殿堂で静かに語らう二人……ああもう想像するだけで涎が」
「練習試合欠員出ちゃったー!凛子様ちょっと体貸してくんねー?」
「り、凛子様!もう一局拙者と指して欲しいでござるー!」
1-Bから響く「凛子様」コール、人だかりは席に着く彼女を中心に教室からはみ出るように密集している。
僕は廊下に立ち尽くし、その人だかりを見ていた。
昼休みにエプロンを返そうと立ち寄ってみたものの、ここを通り抜けることは不可能だと直感する。
「そこの人、凛子様に用があるんですか」
「えっ、いやあるにはあるんですが……ちょっと諦めました」
「そうですか。ではお先に失礼、そおいっ!」
話しかけてきた礼儀正しい男子生徒は頭からその人混みに飛び込んだ。
波打つ集団に紛れて、すぐに彼の姿は見えなくなる。
絶句。
まさか四角奈さんの人気がこんなに絶大だったなんて。
「どうやってこれ届けよう」
エプロンを届がてらおしゃべりでもして昼休みを潰すつもりだったのに、途端に暇になってしまった。
1-Bの教室から逃げて、一階の渡り廊下を歩きながら思案する。
右手には整備された洋風の庭園、左手には旧部活棟があった。
今は使われていないのか木造の部活棟には人の気配がなく、上品な賑わいを見せる庭園とは正反対だった。
「あっ、そうだ」
コンクリートの通路から、土の地面へローファーを沈ませる。
旧部活棟へと一直線に歩く。
メイド部の部室はここにあるはずだ。
木造の古ぼけた建物。
アパートのような形式で部屋が分かれていて、個室は四つある。
ろくに清掃をされていないせいか、埃だらけで壊れた木組みがいくつも放置されて、蜘蛛の巣も張り放題だ。
あまりの汚さに背中がぞわりとして、メイド部に掃除が得意な人はいないのだろうかと思う。
ポケットから四角奈さんの置き書きを取り出し、部室へ向かう順序を確認する。
「部室にエプロンが置いてたら気付くよね」
直接手渡しできないのは失礼だが、あの混み具合では放課後まで待っても会えるかどうか分からない。
メモを見ながら……、
「えっと、まずは一つ目の扉を開いて」
既に開いている。
「二つ目の扉の付近に隠されたスイッチを押して」
スイッチは凹み、既に押されていた。
「三つ目の扉をスルー」
「四つ目の扉をノックすると問題が出題されるから、それに答える。答えは……なるほど」
ノックしてみる。
数分待つ。
しかし問題は出題されない。
「あれ」
不思議に思って、試しにドアノブを捻ってみると……開いちゃったよ。
扉の奥には部屋ではなく、地下に続く階段がある。
外観のオンボロさとは打って変わって、アンティーク調の中世のお屋敷を思わせるような部屋と階段。
ろうそくで明かりが確保されており、奥は全く見えない。
「ここが、メイド部」
少し緊張しながら壁伝いに降りてゆく。
ゆっくりと、暗闇に落ちてゆく。
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