第5話 喧嘩 前編

 今日の仕事は早く帰れたから、玲羅が気を利かせて俺の好物であるメンチカツを作ってくれた。恐らくだが、ここ最近で一番夫婦らしいことをしたと思う。


 俺は好物を後の方に食べて、先に他を食べるようにしているのだが、そのためかいつもより箸が軽い。


「「「…………」」」


 おっと? いつもは騒がしいあの2人が静かだぞ?


 自分で言うのもなんだが、俺は元々結構寡黙な方ではあると思う。だから今日の夕飯はシーンとしていて、少々というか、とても寂しい食事だ。


 ふと、テーブルの向こう側にいる2人に目を向けると、めちゃくちゃ気まずそうな顔をしていた。なんだか喧嘩でもしたような感じだ。このままだと、メンチカツがいつもより不味くなってしまう。


———はぁ、仕方ない。


「おい。美空。ちょっと来なさい。」


「!?」ビクッ


「大丈夫だ。そんな叱るとかじゃないから。」


「「?」」




「なぁ、いったい玲羅と何があったんだ?」


「あ~。それ訊いちゃう?」


「もちろん。」


「あのね。ちょっと前に2回目のデートに行くっていうお話をしたじゃん?」


「ああ。あの3万円のやつか。」


「うん。それに関しては本当にありがとうなんだけど。そのデートでね、お母さんと喧嘩しちゃったの。」


 そうだろうな。


「まぁ、うん。なんとなく予想は付いていた。んで、どんな喧嘩だったんだ?」


 そこが分からないとどうしようもできないからな。


「え~と、まず、レストランでね? 食事をして、会計するじゃん。」


 へぇ、デートってそういうもんなんだな。ん?3万で食事?あれ?


「ちょっと待て、その食事のレシートあるか? あるなら見せてくれないか?」


「ん? どうかな。昨日だからあるとは思うけど。ちょっと待ってね。」


 そういって美空は自分の財布を開けて探し始めた。


 食事で3万とかしていたら頭おかしいけどな。


「あったよ。どうぞ。」


「ありがとう。どれどれ、あ!? 2万だと!?」


「お、怒ってる?」


 美空が恐る恐る訊いてきたが、衝撃。これはさすがに。3万もヤバいけど、これはこれでヤバいのでは?


「はぁぁぁぁぁぁ。で、他は何に使ったんだ?」


 本題からずれているような気もするが、気になったから訊いてみる。


「美容室とかのその他の経費。」


 “経費”かぁ、“経費”かぁ…


「…本題に戻ろう。そのデートで何があった?」


「いや~、もちろんね? あたしはかっこつけたい訳ですよ。可愛い可愛いお母さんの前では。」


「ほおほお。」


「だから、『ここはあたしが奢るよ!』って言ったの。」


「俺の金だがな。」


「したら、お母さんも『私が奢る!』って言って財布からお金取り出そうとして。」


 は? ちょっと待て。あいつへそくりか何か持ってるな?まぁ、今はいい。


「それでどっちが奢るか戦争になった訳だな?」


「うん。」


「でも、お前の手元にレシートがあるってことは、お前が支払ったのか。」


「そこでね? アクシデントというか、事件というか?」


「どうしたんだ?」


「なんか、少しキュンとしたけど、ちょっとイライラもしたからもう、お母さんの腕掴んで、無理やり支払ったの。その後もあーだこーだ話したんだけど。」


「うーん。それは、お前が悪い。」


「いや~ そうだよね~ でもさ、あっちは受けで、こっちは攻めなわけじゃん? じゃあ、こっちがカッコつけなきゃじゃん!」


「うん。まぁそうだな。でも、いや、何でもない。」


「…はぁ。どうすればいいと思う? お父さん。」


「知らん。俺はアドバイスとかしないぞ。というか恋人持ったこと無いから、できない。」


 “あっちもあっちで『私は母親で、美空は娘だから私が頑張らないと。』って思ってるというか、言っていたぞ”と言いたかったが、アドバイスになるからやめておいた。




~あとがき的なもの~

 おはこんばんにちは! 膝の調子が少し悪い相対音感です!

 今回は長すぎたので、前後編に分かれています!それでも長いね!

 前編では美空と、

後編では玲羅とお話します。

 彼女ら2人の運命は幹隆にかかっているといっても過言じゃない!

 ただ、彼はアドバイスをしたり、手助けを直接したりはしないでしょう。あくまで“ただ見守る”だけです。

 理由は“面倒だから”とか、“興味ないから”ではなく、“真剣に2人の恋を応援しているから”なんです。

『もっと進展しないかな。でも、色々直接やるのは違うよな。』

 こんな思いが彼の脳みその80%を占めています。

 だから、デート中話題にはならないが気を使うべきお金は、『2人が幸せになるなら』という気持ちであっけなく渡したのです。

 それと同様に、今回は『アドバイスや大きな手助けはしない。ただ悩みや話を聞くだけ。』なんです。本気で悩んでいる人間にとって、はけ口は時にアドバイスよりも大きい存在でしょう。しかし、直接的なものではありません。

 2人だけで解決してほしい彼は、自ら損な立ち位置に着くことでその願いを叶えようとしています。


 本作はそんな、とても目立つ“母と娘が頑張る百合”の裏側にいる一番の功労者を主人公としています。


(あとがき的なものなげぇ!!)

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