§002 呼び出し

「さすがは瑠璃様! 陛下直々の浮霊問題を一瞬で解決しちゃうなんて」


 瑠璃はまたこの繰り返しかと椀を啜りながら嘆息する。


「だから、今回も相性が良かっただけだ。それにあの程度の浮霊なら私でなくても対応できたはずだ」


 そう。あの程度の浮霊なら本当に自分でなくても対応できた。

 しかし、帝は他の除霊師ではなく瑠璃を名指しで指名した。

 それについては、若干の違和感を覚えずにはいられなかった。


「それだけ陛下の信頼が厚いということですよ。これで報酬もたんまり、私の給料も大幅アップですね」


 鼻歌まじりの真緒を瑠璃は一蹴する。


「悪いが報酬は辞退した。あの程度の仕事で報酬をもらうのも忍びないのでな」


「そんな~。夢の豪遊生活が。瑠璃様のいけず~」


 へなへなと崩れ落ちる真緒を見て、本当にこやつといると飽きないなと思わず笑みが零れそうになる。


 そんな折り、翡翠宮の浮霊事件を担当した帝仕えの使者飛燕が訪ねてきた。

 おそらくは例の事件の事後報告だろうと飛燕を部屋に通す。


 しかし、相対した瞬間、この来訪がただの事後報告ではないことを瑠璃は感じ取った。

 飛燕の表情は以前にも増して強ばり、これから告げられる事の重大さを象徴しているかのようだった。


「どうした? 何か悪いことが起きたのか?」


「いえ、」


 そんな瑠璃の問いに飛燕は首を振る。


「実は――この度、瑠璃様は風月ふうげつ太子殿下の妃に尊封されました」


「は?」


 飛燕の話によると、此度の浮遊事件を解決した瑠璃の活躍を高く評価した帝が、我が国の第三太子である風月の妃として、瑠璃を選んだということらしいのだ。


「瑠璃様! やりましたね! 風月殿下の寵愛を賜れるのですよ! 大出世じゃないですか! いや~実は私は前々からこうなるんじゃないかと思っていたんですよ。瑠璃様は顔立ちも端整ですし、墨を落としたような黒髪もお美しいですし、瑠璃色の瞳なんて宝石のようですし、華奢で小柄なところも可愛らしいですし」


 手の平を返したように、あからさまな擦り寄りを見せる真緒。

 これで夢の豪遊生活~と鼻歌交じりの性悪宮女を横目に、瑠璃は思考を巡らせる。


 正妃となるかは別にして、今後、帝の地位に就く可能性のある太子の妃となれることは、この上ない喜びに違いない。


 違いないのは確かなのだが……。


「それなのに、なぜおぬしはそんなに浮かない顔をしているのだ?」


 瑠璃は飛燕に少し強い口調で問い詰める。


「それは……」


「何か裏があるな? 話せ!」


 飛燕に吐かせた内容によると、風月はかなりの変わり者だと言う。


 元々は非常に優秀かつ活発な太子であり、卓抜した理数の才を活かして、宮殿の財政改革などを積極的に行っていた将来の帝の最有力候補であったとのこと。


 そんな風月の能力を評価した帝は、風月にとある任を与えた。


 それが――帝都周辺の詳細な地図を作ること。


 元々、理数に長けていた風月にこの任は合っていたようで、幾度となく旅に出ては非常に精巧な地図を持ち帰り、帝を唸らせたらしい。


 しかし、ここで帝にも予想外の出来事が起きた。


 風月は地図作りにのめり込みすぎて、世継ぎなど二の次で全国を放浪するようになってしまったということなのだ。


「ふむ。風月が相当な変わり者であることはわかった。しかし、それでは私が風月の妃に選ばれた理由の説明にはなってないぞ。そんな放浪癖のある太子など早々に世継ぎなど諦めて廃太子にしてしまえばよいだけではないか」


「私も陛下の深いお考えは与り知らないところでございます。けれど、この陛下のお話によると、風月太子殿下はこうおっしゃったと言います。――娶るかどうかは状況次第。彼女が本当に有能な除霊師であれば娶ってもいい……と」


 本当に迷惑な話だ。

 こんなことになるなら翡翠宮の事件など引き受けるんじゃなかった。


 いや、よくよく考えれば、翡翠宮の事件も帝直々の命だったな。


(となると、翡翠宮の事件も含めて、私を太子の妃にすることは元より一セットだったとも考えられる。陛下はかなり頭が切れると聞くから厄介極まりない)


「というわけで、とりあえず宮までお越しいただいてもよろしいでしょうか? 風月太子殿下にお目通りいただければと考えております」


(ふむ、何となくもう一癖、二癖ありそうな話な気がしてならないが……まあ帝の命とあってはさすがの私でも逆らえぬ)


「とりあえずわかった。まずは風月という者に会ってみるとしよう」


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