六輪

りーんごーん、りーんごーん…

お城の大きな鐘がなる。

いち、に、さん、よん…全部でちょうど十二回。

さあ急ぐのよ、シンデレラ。

あなたにかけた一夜かぎりの夢の魔法。

すっかりとけてしまう前に、王子様の前から逃げ出さなくちゃ。

ええ、そうするわ。

私、今日ここに来られてほんとうに良かった。

走り出す今夜限りの夢の姫。

舞踏会に集まった、誰も彼もの目に焼き付いて、殿方達のその心、奪うだけ奪って、そのままさらりと走り去る。

あっけにとられて、一瞬遅れて、走り出した彼女を追う王子様。

あのひとこそがたったひとり、私の運命の人。

はやくその背に追いついて、華奢な身体をこの腕の中に抱きしめて、その唇にキスをして、私の妃に迎えよう。

ぐるぐる下る城下へ続く螺旋階段。

暗闇に、今にも溶けて消えてしまいそうな、彼女の背を追いかける。

待ってくれと、上げた王子の声も届かず、十二時の鐘が鳴り終わる頃、夢のようにその姿は夜へと消えた。

「あの方はいったいどこの姫君か…」

呟いて、呆然と立ち尽くす王子様。

彼女が去ったその後には、なにひとつ残されてはいなかった。

当然ね。だって、見つけられては困るもの。


翌日。その国では幻の姫君を探す大勢の衛兵が、街の中をいったり、きたり。

どうやら、貴族平民身分を問わず、家から家を調べ尽くし、あの美しい娘を探しているみたい。

けれど、きっと見つからないわ。

ふふっとやわらかく笑って、魔法使いのおばあさんが椅子の上でひとりごと。



その美しい娘は五十年前の私の姿なんだもの。







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