首聯

「司法の方からも沙汰が下った。お前は正式に軍でこき使われる。奴隷、いや馬車馬の如く働いてくれ」


「言い方どうにかならない?てか司法機関あったんだ」


「強制力のあるものや許可が必要なのとかは王権での承認が必須だから、実質ないようなもんだが。結局、最終決定権は個人に集約されてんだよ」


「へぇ」




この世界の政治体制や法律について、もう少し詳しく知っておいた方が良いだろう。

労役が終わった後、いつまた捕まるのか気にしながらの生活など送りたくはない。




「それはともかく…とりあえず数年は軍の管理下にいてもらう」


「拘束期間が長いなぁ」


「死刑が期限付きの労働になったんだぞ。王の後継が生まれるくらいじゃ足りないレベルの、破格の大恩赦だ。文句言うんじゃねぇ」




不平を垂らすと、何かの資料を眺めていたライアーの視線が蓮に向けられる。

呆れたような表情を隠そうともしていない。



そもそも自分がしたことの重さすら理解できていないというのに。

いきなり強制労働など、嫌がる云々の前に全くもって意味がわからない。


聞いても教えてくれないのだから、殊更ストレスがたまる。




「…創作物でよくみる、冒険者とかになってみたかったよ。どうせならね」


「冒険者になりたいなら一向に構わんぞ。その代わり、寝る場所や食べ物…はいらねぇのか。まぁ、軍で受けることのできる最低限の保証は無くなってまともに生活できなくなることは確かだ。なんせ給料なんざ出ないからな」


「僕には、軍でも給金なんて出ないらしいじゃないか」


「黙れ犯罪者」




物語で夢見た自由業は、想像以上に世知辛い職業だった。

理想と現実の格差に涙が溢れてくるように思えたが、そんなもの日本で嫌というほど味わっているし、なんなら涙腺もバグっているので涙が出ないことに気づいた。


ふむ。

あいも変わらず常人とはかけ離れた経験と身体である。




その後詰め所の設備などを確認した蓮達一行は今、アルシアを出て荒野を歩いていた。

これから何をすれば良いのか、具体的に見せてくれるらしい。


そう難しいものではないと聞いたので、意外とホワイトな刑務なのかと思っていたが…


それは10分ほど前までのお話。



ドスンッドンッ ドォンッ



「獣の駆除って聞いたんだけど」


「"魔物"の駆除な。魔物ってのは、魔素を取り込んだ生物の総称のことだ」



グシャッ ドンッ



「ちょっと獰猛な犬を嬲るだけの簡単なお仕事って話は?」


「嘘は言ってねぇぞ。見た目だけならしっかり犬だ。サイズが城壁に届くくらいで全身が火に包まれてるだけの犬っころだ」



ブワッ ボォンッ 



「それはそうとさ」


「おう」



グチャッ ベキッベキッ



「あそこで犬っころにミンチにされてる人は助けないで良いの?」


「あいつは、死刑囚だからな。お前の先輩だ。大量殺人に各種暴行、強盗、恐喝等の暴力関係の犯罪をコンプリートしてるやつだ。今まで魔物駆除の刑務を課してたんだが、。とりあえずお前への見せしめに、肉塊になってもらってんだよ」


「うわぁ」



シャクッシャクッ ズルッ ゴクンッ



「食い終わったみてぇだな。よし、次はお前だ」


「あれ、僕の方も気が変わった感じ?」


「いや、あの犬を殺せっつってんだよ。30分以内な。俺はもうちょい下がってハイヤ達と一緒に見とくから」




振り返ると、数十メートル先にハイヤと3人の兵士(?)が並んでこちらの様子を伺っていた。

ハイヤと目線が合うと、手を振ってくる。

とりあえず手を振り返してライアーの方を向くと「早よ逝け」みたいな目で促された。




「ウッソじゃん………ほんとに下がってった。…美鈴、勝算は?」


《一厘ですかね》


「死刑かな?」


《冗談です、噛まれたりしなければほぼ確実に殺せます。さっきの死刑囚がかなりの深傷を負わせてますからね》




さっきの彼こと先輩しけいしゅうは相当頑張ったようだ。




「じゃあ、やろうか。今回は、美鈴に替わらなくても大丈夫そうだね」


じゃなければ、ですか。ほんとに、難儀な思考回路をしてますね》


「ごめんて」




肩をすくめる美鈴を幻視する。




《今更ですよ、今更》


「……それもそっか」


《そんなことより、集中してください。あの犬、すばしっこい上に一度噛まれたら離しそうにないんですかr




ガブっ。





美鈴との話の途中で噛み付く犬っころはボコボコにしておいた。

彼女の話を遮るような輩は、軒並みギルティされる運命にあるのだ。


しかしこの犬っころ、炎を吐き出すわ死ぬ間際に自爆するわでなかなかに凶悪な能力を有していた。

フィジカル面の性能も高いので、地球にくれば地上戦において無類の強さを発揮するだろう。



遠距離からチクチク撃てば流石に死ぬとは思うが。



ここで言いたいことはそんなことではなく、この性能の犬っころが魔物の強さでランクづけされた中だとかなり低い方に入るという事実の異常さを確認したかったのである。


現地の人たちの感覚では、本当にそこらの犬っころがちょっと大きくなった程度の認識らしい。

なんなら食用にできるし保存もきくので、見かけたら嬉々として狩っているのだとか。


逞しすぎて生物兵器もびっくりである。


実際大型犬()の死骸をアリシアに持ち帰った際には、道ゆく人たちは誰も犬には気も留めず、むしろ、血まみれ煤だらけの蓮に対して下心ありきで心配していた。

儚げな顔立ちと高そうな衣服(ライアー&ハイヤからの提供)から、箱入りのお嬢様が無謀にも外に出たのだとでも思われたのだろう、とりあえず近づく輩からスマッシュしておく。



……目の前の下卑た三下にも、不意打ちでなければこんなことスマッシュすらできないのだろう。

今までトップにいた自分が、ヒエラルキーの底辺に位置しかねない現実に頭がくらくらする。



地球では地上戦において最凶を誇る蓮でも、この世界の住人には手も足も出ない。



転移直後の、ライアーとの戦い?蹂躙?が良い例だ。


腕っぷしの強さしか取り柄のなかった自分には、ここでは職業選択の自由など端から存在しないことを思い知る蓮だった。




⦅落ち込んでないで、人の話を聞いてください。さっきからハイヤたちの会話に受け答えして記録してるの、私なんですから⦆


「……てなわけで、とりあえずしばらくの生活費はこれね。鉄貨四十枚に、銀貨一枚……まぁ大体一ヶ月くらいかな?これで頑張ってね」


「お給金は支払われないはずじゃなかったっけ」


「欲しくないならいいけど…一応、この世界のビギナーには優しさを見せておこうと思って」


「寝る場所にも金を要する現状、日本円にして14000円しか渡されないとか不安でしかないんだけど。この街限定かは知らないけど、ここ一泊鉄貨二十枚とかザラだよね?」


「野宿でいいだろ」


「綺麗どころは男でも狙われやすいって言ったの誰だろうね」


「そもそも、軍の宿舎への入居を断ったのはお前だろうが…。ムサくても屋根があるだけマシだぞ。兵の奴らの方が比較的教育が行き届いてるから、下手な真似する奴は少ないだろうし」


「やだね。相部屋なんだろ?実は1人じゃないと寝れないんだよ、僕」


「なら勝手にしやがれ。これから俺たちは忙しくなるし、ハイヤの言った通り一ヶ月はこの街に1人で過ごしてもらうからな。自分で職を見つけて金を得るのは許可して」


「宿屋の店主に銀貨の山をあげる余裕があるなら、もう少しくらいくれてもいいと思うんだけどなぁ」


「あれは鉄貨と銀貨を間違えて渡したんだ。おかげで手持ちはすっからかんでな。もうそれしか残ってない。渡した後でやっぱなしはダサいからな、それで頑張ってくれ」




とりあえず、中指を立てておく。

意味は理解できていないようだが、なんとなくニュアンスを感じ取ったようだ。

お前は犯罪者なんだから云々といったお小言を5分ほど喰らう羽目になった。




そんなこんなで、翌日。



ライアーとハイヤの出立を見送り、生活をどうしようか等々これからのことを美鈴と話し合おうとしたその時。




蓮は、血反吐を吐いて往来に倒れ込んだ。

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化身は訪う訪うやってくる 雨の陽 @RainSun910

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