贖罪

倒れた店主を介抱した後、食事もとり終わった蓮達は各々割り当てられた部屋へと入っていった。

蓮は一人だが、ライアーとハイヤは同室だ。


フルネームを聞いた際になんらかの繋がりは察してはいたが、彼らは夫婦らしい。

見た目で判断するわけでは無いが、肌の色からなんとなく親戚かと考えていた蓮からすればそれなりに衝撃的な事実だった。

こちらでも、血縁との結婚は御法度なのだ。


騒がしかったライアー達がいなくなったことで一抹の寂しさを感じ、自分も美鈴との時間を大切にすることにした。




《お疲れ様でした、蓮》


「ほんっとに疲れた…。知らない場所に放り込まれた上何回も再生する羽目になるとは思いもしなかったよ」


《転移に加えてライアーの異常な戦闘能力がかなり堪えましたからね。まさか再生する端から手刀で断ち切られるとは思ってもみませんでした。こちらではあれが普通なのでしょうか…》


「だとしたらこっちの人達はみんな人外じゃないか。それならそれで案外僕たちは上手くやっていけそうだけど」


《地球に戻る方法を探したりはしないんですか?》


「しないかな。もうあんなとこに戻りたくもないし」




何が悲しくて自分から生き地獄のような環境に戻らなければいけないのだろうか。


面倒だ、という理由だけで軍に属していた蓮には、日本国に思入れの一つもありはしなかった。




《そうなると、当面の目標は"家族"を探し出すことになりますね》


「そうだね。僕の身体よりもスペックが高い子はたくさんいるから大丈夫だとは思うけど、万が一があるといけないし。それにみんな危なっかしいから…」


《危なっかしいのは、あなたが関わることに限っての話だと思いますよ。大好きな"お兄ちゃん"のためなら世界中と全面戦争することも辞さないでしょうね》


「愛されてるんだなぁ、僕」


《私の方が愛は深いですよ》




張り合おうとする美鈴が可愛くて、つい頬を緩めてしまう。


脳内に溢れる喜びや愛情の波で《ふにゃぁ》と美鈴を揺らし、自分からも彼女に愛を伝える蓮だった。




とはいえ、これからの話をすることは非常に重要なわけで。


感情に溺れていた美鈴が復帰するのは早かった。


まだ緩い美鈴を感じていたかった蓮は、拗ねたような表情を浮かべる。




《方針は決まったので、それに向けて明日以降の予定を立てましょう》


「…」


《…そんな顔をしてもダメです。お仕事モードの私は決してダレたりしないのですからぁふみゃぉう》




結局、まともな予定も立てずに脳内でいちゃついた挙句、寝落ちをかます蓮だった。



翌日早朝、アルシア東方のルードの宿にて。


客の一人が寝起きがけに天井を素手でぶち抜く事件が発生した。


犯人はエートラム政府中央の高官二人に連れられた"迷い人"。


上階には客室が無く、もちろん人もいなかったため事なきを得たが店側の被害は大きく、店の象徴となっていた風見鶏が跡形もなく吹き飛んだ。


店側は当然賠償責任を追求し、犯人の保護者の立場をとっていたライアノール・R・クライヴによって示談という形で収まる事となる。




そして現在、事件現場である部屋で正座する犯人に怒声を浴びせる保護者の姿があった。




「…お前さ、昨日は俺たちを襲ったよなぁ?!今度は宿屋だ!!人も物も手当たり次第に襲えとでも地球で教わったのか?!」


「割と間違いではないね」


「OK、地球人は頭おかしいってのがよぅくわかったぜ、クソが!」


《私たちは兵器ですからね》


「流石に宿屋が可哀想だよ…てか、なんでぶち抜いたの?天井に並々ならぬ怨みでも持ってるの?」


「いや、朝起きたら天井に張り付いて僕を見下ろしてる人がいたことにびっくりしちゃって…。焦っちゃった」


「焦っちゃたのかぁ…」


「ちなみに、後で確認してみたらただの絵だった」


「………」




異世界2日目にして、早々に二つも罪を重ねる蓮。


いつもなら自分で寝るタイミングから睡眠時間までを完璧に定められるはずが、寝落ちをかますというイレギュラーな事態で彼の判断力が鈍ってしまったのだ。

魔法的何かが働いたせいで攻撃的になってしまったに違いないと責任転嫁をしつつも、流石に酷いことをしたという自覚はあったので素直に説教を受ける。


日本軍の主力がぐぅの音もでなくなっている絵面は、すべての事情を知る者から見れば甚くシュールな光景であっただろう。




「…今んとこ、お前には公務執行妨害と建造物損壊の罪状がついてて、死刑がほぼ確定してるんだが…どうするよ?」


「え、待って待って。それだけのことで僕死刑判決喰らうの?異世界厳しくない?」


「宿屋は弁償程度で済むんだけど、公務執行妨害の方がちょっとねぇ〜。昨日、私たちがエートラムの中央で結構大きい発言力を持ってることは話したでしょ?」


「うん」




発言力があるどころか、周囲の人たちの反応を見るに明らかに国のトップかそれに近しい権力を持っていることも察している。




「そういう立場の人の公務ってすごく重要なものしかないんだけど、あえてランクづけするなら、昨日君が犯した罪は極刑レベル…終身無賃労働か死刑にしかならない類のものなの」


《「うわぁ」》


「諦めて、その首差し出しな」


「ライアー、首もらっても私たちが困るだけだよ…。…でね、君はまだこの世界に来たばかりだからこっちの事情には疎いわけだし」


「うん」


「死刑か強制労働、自分で選ばせてあげるね?」


「選択肢が極端すぎて選ぶに選べないね」


「あ、どっちも嫌とか言ったらこの場で処すよ?」


「逃げ場がない…」


「逃さないよ?」




どう足掻いてもお先真っ暗な未来に進んでしまうことに、軽く絶望を覚える蓮と美鈴だった。



結局、異世界流の死刑の詳細を聞いた蓮は強制労働を選択した。

火炙りや斬首程度なら簡単に再生できるのだが、流石に全身を粉末にされては生存することは不可能なのだ。


そういうわけで。


蓮達はアルシア内にある正規軍の詰め所へと足を運んでいた。




「自分をバカだなんて思ったことはないけど、流石に展開が早すぎてついていけないなぁ…。なんで異世界でも軍に入れられることになったのかいまだに理解できてないよ。理解したくもないから考えないようにしてるだけだけど」


《流れるように連れてこられましたね…。最初からそのつもりで恩を売ったりしていた可能性が高い気がします》


「そんな感じするよね」




ライアー達が手続きのために所内の責任者と話をつけている間、監視もつけられることなく客間に置いてけぼりにされた蓮は美鈴との会話に勤しんでいた。


一応犯罪者なのにそれでいいのかと聞くと、どこにいてもわかるしもし逃げたりしたら遠隔で粉微塵にするから問題ないと言われたのだ。

そういう効果を持つ魔法を使っているらしい。


「魔法って凄いやぁ」と半ば現実逃避気味に遠くを見つめる蓮の顔には、色濃く疲労感が漂っている。

蓮の身体で疲労を感じることはないので、あくまで精神的なものだが。




「…追跡と遠隔攻撃。それらは魔法と呼ばれるこの世界の技術であって、戦闘や日常生活にまで深く影響を及ぼす不思議な力の一片な訳だけど…原理としてはどうなってるんだろうね」


《まぁ、地球人には理解し難い"まじかるぱわ〜"なのは間違いありませんね。分からないから使えないのでしょうし》


「でもさ、転移してきた直後のあの変身は魔法だよね?ほら、主人格を入れ替えた時の」


《あぁ、私の身体に変わったことですね。…魔法であるのは間違いないと思いますよ。地球では人格を交替しても身体まで引っ張られるなんてついてませんでしたから》


「今試しにやってみる?」


《ハイヤさん達にはなんて説明するんですか。却下します》


「だよね〜」


《もうちょっと緊張感を持ちませんか?一歩間違えば処刑だったんですよ?》


「死が身近にあるの、地球にいた頃から変わってないね」




ナハハ、と脳天気に笑う。

そんな蓮の様子に、美鈴はこめかみを抑えてため息をついた。

あくまでそういう心境になっているだけで、蓮の身体がその通りに動いているわけではないが。




お金がない。

知識もない。

立場もなければ、伝手も少ない。




割と絶望的な状況である。

そんな中軍人という名の公務員に就職することができそうなのだ。


脅迫、もとい勧誘をしてくれたライアーとハイヤには感謝してもしきれない。




ただ、




「…でもさ。こっちの軍人、戦争が終わった後は駆除に四六時中奔走しないといけないのに政府に残業手当とか出す余裕ないからブラックな職場で有名らしいけど。僕達そこに就職させられるんだよ?」




深淵に身を落とすのは、いくら無限に稼働できる生物兵器をして忌避せざるを得ない事態なのだ。




《…現実逃避したくなるのはわかりますけど、耐えてください。それもこれも転移直後にやらかした私たちの責任なんですから》


「ぐぅ」




ぐぅの音は出たが、反論はできなかった。

もしライアー達が蓮よりも弱ければ、殺人未遂と脅迫罪がついてしまうレベルの勢いで襲いかかったのだ。

ストレスが溜まっていたのは否めないが、それにしても酷いことをしたという自覚はある。


"家族"が心配なのは今も変わらないが、彼ら彼女らは蓮の後継として生まれた改良機だ。

余程のことが起こって大破しない限りは安心できる身体なので優先順位的には罪滅ぼしを先に回しても問題はない。




「…まぁ、してしまったことの責任は取るよ」


《あら。人に迷惑をかけて責任を取るだなんてもう十数年も聞いたことがありませんでしたが、まさかここで出てくるとは》


「こっちにきてから良心の呵責を学んだんだよ」


《たったの2日で?》


「そう、2日で」




2日で良心だの倫理観だのを学んでくれれば日本軍も苦労はしなかったのだが。


美鈴は、開発部で受けさせられた授業の中で蓮が"思いやり"や"良心"と聞いて嫌な顔を浮かべたのを覚えている。


もちろん、学んだなんていうのはただの冗談だ。

それがわかっているから、これから蓮がヒトの気持ちを慮って行動することなんてそうそうないだろうと言い切れるのだ。




これから先もライアー達には苦労をかけるだろう。

既にかなりの迷惑事を処理してもらっている。


知り合ってすぐのヒトに貸しをつくってしまったことで、後が怖くなる美鈴だった。

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