安くにか存る

再び時は流れ、落下から6時間が過ぎようとしていた。

あまりにも何もないので途中から走って移動しているのだが、目に入る風景に変わりはない。

走り始めてからは蓮の移動速度は毎時50キロメートルを超えていた。


燃料が残っていれば爆発的な瞬間速度を出せていたが、あいにく着地の衝撃を緩和するのに全て使い切ってしまっている。

後々冷静になって考えれば蓮の身体が自由落下した時の終端速度は300キロメートル毎時がせいぜいで、彼ならば十分耐え切れる範疇に収まっていたのだ。

異常事態イレギュラーに焦って貴重なエネルギーを失ってしまったのは、かなりの痛手と言えた。




「結構広いねぇ。地球にまだこんなに綺麗な平地があるとは驚いた。」


『どこも長い戦争のせいで地形が歪んでいますからね。だから核兵器が廃止されて私たちが生み出されたんですが』


「大規模破壊兵器だなんて恐ろしいものを、昔のヒト達はよく何発も敵国に打ち込めたもんだよね。破壊した後は空気も汚染するようなモノと比べたら、なんて僕らはエコなんだ」


『皮肉ですか?』


「もちろんそうさ」




世紀単位での過去の話だが、昔の人類は後先考えずに様々な兵器を様々な用途で様々な国にその銃口を向けていたようだ。

その状況を危惧した当時の国際連合——現在の世界主要国家連合の後進が先進国の中でも力を持つアメリカなどに働きかけて核兵器の使用を禁止させ、他国へも圧力をかけてなんとかそれ以上の地球への被害を最小限に抑えたらしい。


ただ、欲望と自己保身に忠実な人間は戦争を止めることはない。


そこで開発されたのが、蓮たち人工生物兵器バイオヒューマロイドである。

核兵器無き世界では、戦車や戦闘機、大陸間で放たれるミサイル、あとは衛生兵器などが主力となっていた。


このうち地上と低空で使用される兵器への対抗策として人工生物兵器は非常に優秀だった。

砲弾や銃弾をものともしない耐久力、逆に金属の装甲を容易く破壊する膂力にロケット用の灯油燃料を用いた亜音速もかくやという速度の移動性能。


なぜ使い捨てられる機械ではなく生物にそんな力を与えたのかと言えば、量産させるコストがないのと、それに伴って何度でも使えるように生き物としての最大効率の再生能力を持たせるためだ。

腕一本くらいなら、コンビニなどで市販されている健康食品で十分に再生可能である。


生物兵器の開発において世界をリードする立場にあった日本国にて、単体で中規模の侵攻作戦の戦況を塗り替える新人類が誕生したのだ。




「それにしても、"将軍様"はひどいことをするなぁ。軍事演習の一環だとしてもこんな状態で放置するなんて人が悪いよ」


『あの方は私たちがお嫌いだそうですからね。なんでも、繁殖もできない、戦うしか脳の無い劣等生物とかなんとか散々な言われようだそうです。真に劣っているのはどちらかちゃんと把握できていないようで悲しいことですね』


「人間じゃあ出力に耐えられないから僕たちを別の生物として生み出したのはあっちなのにね。外見だけでも似せてるんだから我慢して欲しいよ」


『美形しかいないのも顰蹙を買う一因になっているそうですよ。彼らは法律で、自分たちへの遺伝子レベルの改変が禁止されていますからね』


「自分達で決めたことなのにこっちにぐちぐち言ってきてるの?!理不尽だなぁ」




ちなみに人工生物兵器には反乱を企てないように幼体の時点で洗脳もとい教育が行われるが、蓮と美鈴に関しては試作機ということもあり調整にミスが生じていた。

簡単に言うと、その気になれば内部から日本軍を崩すように行動することもできるようになってしまっているのだ。

それでも兵器として戦ってきたこの15年、蓮は決して逆らうことはせずに粛々と日本の敵を潰してきた。


なぜかといえば、単に面倒臭かったからである。

全面戦争になれば勝てるわけもなし、戦力を蓮に集中できず蓮が勝利したとしても日本政府亡き後に祖国が他国に好き放題される状況は蓮にとってもあまり愉快なものではなかった。


しばらく沈黙が続いた。




「話は変わるけどさ」


『はい』


「あそこに見えてるのって、馬だよね?」


『そうですね。しかも人が乗ってますよ』


「二人だね。なんでこんなとこで馬に乗ってるのかは知らないけど、街まで案内してもらおうか。片方ボコってもう一人に案内役を任せるのがいいかな」


『男女のペアですか。狙うとしたら男でしょうね、無力化しましょう』




物騒なことを口走る蓮と美鈴。


件の"将軍様"はなにも、生理嫌悪のみで劣等などと口にしていたのではない。


人工生物兵器初期モデルの唯一にして最悪の欠陥、それ即ち、倫理観の欠落による異常なまでの凶暴性である。

元を辿れば幼体の教育を行なった開発部の責任なのだが、総司令官として"将軍様"は責任を取らねばならない立場にいる。

"将軍様"はそんな彼らに再教育の打診をたびたび行っているが、毎度すげなく断られていた。


日頃の苦労から吐き出した愚痴だけが噂として飛び交っている状況ができてしまった彼の後ろ姿は、まさしく苦労人のそれであったという。





二人組の発見から1分弱。

現在四肢を切断され、無様に地面で転がっているのは蓮だった。


断っておくが、蓮は決して油断などしていない。

するはずもない。


戦場では気を抜いた者から死んでいくのだ。

たとえ戦闘能力を持たない一般人の制圧が任務でも、蓮は全力で取り組む。


今回も例外ではない。

全速力で死角から襲いかかり即座に急所を突いて無力化させようとしていた。

が、気づいた時にはこのザマである。


ライフルの弾道を捉えてあまつさえ距離によっては回避してしまう蓮の身体スペックをもってしても、何をされたのか理解ができなかった。


それだけ、恐ろしく速く正確だった。




「……ほんとに何されたのかわかんなかった。え、外国の生物兵器同類ってここまで進んでたの?つい最近まで変なトカゲみたいなのしか作れなかったじゃん」


『…綺麗に切断されてます。罠か何か張ってあったのでしょうか?』


「おいお前」


「流石にこれはやばいって。美鈴、まだオンラインになってないの?これは情報だけでも送らないと」


「おい」


『…ダメです。連絡しようにも通話すらできません。再生にも少し時間がかかりますし、逃亡するのにもどちらにしろ燃料がないと』


「どうする?え、マジでどうしy「コラ、話聞けよ」あ、すいません」




耳を引っ張られてようやく話しかけられていることに気づく。

少し訛りのある英語だ。


蓮は即座に生物兵器であると仮定したが、よく見てみると正直それは疑わしいことに気づく。

現在英語圏で人工生物兵器の開発に着手できる余裕を持っているのはアメリカだけだ。

しかしアメリカ製だと仮定すると、少し違和感があるのだ。


その肌は、数年前にアメリカ政府によって排斥された黒人のそれと色合いが似ていた。

男女二人組のどちらもそうだ。

褐色と表現した方が合っている気がするが、黒い肌の色はアメリカでは結構なタブーとして扱われていたはずだ。




「やっと落ち着いたかよ。いきなり殴りかかってきやがって」


「いやでもキミ、身体強化のレベル高いね〜。冒険者基準で見たらそこそこ速かったよ。ライアーに喧嘩売るのはバカだけど」


「とりあえず、色々聞いていくから正直に答えろ。どもる度殴るからな」


「ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか?今結構混乱してて…」


「関係ねぇ。喧嘩売ってきたのはお前だろうが。ご丁寧に急所狙っといて待ってくださいはねぇだろ。とりあえず一発な」




ボゴォッ




『蓮、今はとにかく凌いでください。私は再生に集中します』


「ぼ、僕だけこの状況に取り残されるの嫌なんだけど?!待ってよ美鈴!」


「何言ってんだよお前。頭沸いてんのか?もっかいいくぞ」




ボキャッ




美鈴の逃亡によりお話し合いの場に置いてけぼりにされた蓮は、その後16発ほど殴られることになった。





「ほうほう。つまりお前はこう言いたいわけか?なぜか知らない土地の上空から落っこちてきて、人里を探していたら二人組を見つけたから脅して案内させようとした。ただ、襲いかかったやつが予想外に強くて無力化されてしまった、と」


「そうです」


「そうですじゃねぇんだよ。お前、人に道聞くのにいちいち脅すのか?相手の実力も推しはからずに?魔物以下じゃねぇか」




四肢のない肉ダルマの状態で髪を引っ張られたまま説教をくらっている蓮の様子を見ると誤解を生んでしまうかもしれないが、今回の被害者は褐色の男の方である。

身長が2メートル近い強面だとか、ヤンキー座りでガンを飛ばしているとかそういう要素を含んだとしても、あくまで被害を受けたのは蓮ではない。


むしろ蓮は加害者の立場にいるのだ。

再生する端から何かが斬りつけてきてダルマの状態を維持される現状は、彼が甘んじて受け入れなければならない理不尽であった。




「魔物でもなんでもいいですから解放して人里まで案内してくださいよ。困っている人を助けろってお母さんに教わらなかったんですか?」


「お前は人に迷惑かけるなって母親に教わらなかったのか?」


「全面的に非があるのってキミの方だよね〜?私たちただ馬に乗ってただけなのに急に襲われたんだよ?刺客かと思って迎撃するのもしょうがないよね」


「僕母親とかいないんで…。ていうか、なんでこんなとこに二人だけでいるんですか。怪しさ満点で何か企んでそうなんだから襲われてもしょうがないでしょ」


「そんなトンデモ理論振りかざされても同意しかねるんだけど?」


「やっぱコイツ頭おかしいな。最寄りの都市まで持ってって豚小屋にぶち込むか?」




蓮の気狂いじみた発言に引く二人だが、蓮は本心から言っている。

本人からすれば肌や髪、それに瞳の色が自分とは違う彼らは完全に敵対勢力に分類されているのだ。

こんな何もない荒野を自分と同じく彷徨っている二人組というのもあり、蓮の警戒心は高くなっていた。

今の若干ふざけた会話も、彼は相手の出方を伺う大事なチャンスとして扱っている。


おかげでここまで話した限り、二人が蓮の素性や詳しい情報を知っている可能性は限りなく低いと結論づけることができた。

明らかに敵国の所属である彼らが蓮のことを知っているのならすでに四肢のみならず首と胴体が泣き別れになっているはずだ。


ただ、それならここはどこなのかという疑問が湧く。


まず、日本軍の主戦力である蓮の存在は世界中の軍部に通達と報告が渡っているはずだ。

それだけの戦果、もとい敵国への被害をあげてきたわけで、今や人工生物兵器は最優先殲滅対象である。

しかも普通の人間の中に紛れることもできるので、国民にもなんらかの発表はなされているはず。


となるとここは今どき珍しくなった戦争が行われない不干渉地域なのかというところまで思考が及ぶが、そうなると蓮を一方的に無力化できる褐色の大男の存在の説明がつかない。


不干渉地域は侵略することが禁止されているので敵情視察の線はないはずだ。




「…もしかしてさ、この子"迷い人"なんじゃない?ここまで倫理観が違えるとは聞いてないけど、"チキュウ"っていうところから来た人はみんな頭おかしいらしいよ」


「つっても"迷い人"でも扱いは変わらないだろ?エートラムじゃ罪を犯せばたとえ国賓でも処刑するんだからな」


「まぁそうなんだけどさ。一応少しは温情が与えられるよーって話があるけど、どこまでがどう許されるとかは全くわかんないんだよね」


「僕の扱い、どうなりそうですか?家には夕方までに帰れますかね?」


「お前が帰る家はもうこの世界にはねぇから安心して連行されとけ。なに、悪いようにはしないぞ、さっき殴って鬱憤は晴らしたからな」


「そりゃどーも。…待って、帰る家がないってどういうこと?」




聞き返すが、大男は手をひらひらと振るだけで答えてくれそうにない。

逆に、女の方が聞きたいこととは全く関係ない内容を口にした。




「とりあえず一番近い街までキミを連れてくよ。あとはその時の状況次第で要相談かな。色々伝えとかないといけないことや聞いておくべきことが残ってるからしばらく私たちがキミの面倒見るし、その点も心配しないでね」


「え?いや、聞きたいことがあるのはこっち…」




蓮はただ、困惑することしかできなかった。

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