第30話
出発の日、アルベリアが「ふたりで話したい」と空太をブランコに呼んだ。
アルベリアがブランコに腰かけると、空太は彼女の背中をおした。
ゆっくりとブランコはうごきだした。
邪行クロネコはお城におとずれる時、周辺の樹を傷つけた。
枝につくられた鳥の巣は、その際に落下した。
壊れ、地面にちらばり、雪をかぶっている。
アルベリアはブランコをとめ、鳥の巣の一部をひろいあげた。今年はクロネコの気配におびえ、冬鳥がお城におとずれないかもしれないと嘆いた。
冬鳥は、異国のおとぎ話を、アルベリアにきかせ、温かくなると、雪解け水にすがたをかえる。
「私は呪われた少女の話を鳥からききました。彼らの体は科学者たちによって改造をほどこされ、それは失敗するのですが、体の腐食の定めだけはせおうようになる。少女は、目が腐りおちるまえに、己の目をくりぬき、鳥に海へ運ぶようにお願いするのです。彼女は、山に閉じこめられていたから、大海原をその目でみたかった。空っぽの目が、最後は笑っているようにみえた……と鳥は語っていました」
「人は人智をこえた存在を手に入れるべきではないのでしょう。ペトラレイン様のお体のご容体はいかがですか? あの日から、ずっと部屋で寝込んでいるのでしょう」
ペトラレインは人間ではない。
生命体ですらない。
その皮膚も、血潮も、心臓も、すべてが人のかたちをした作り物である。
ペトラレインにかせられた使命は、アルベリアとの友人関係であり、そして、空太の護衛であった。
「アナタは彼女の正体をしっているからいいますが……もう再生はすんでいます。私の部屋で、日常生活を支障なくすごしています。ですが……もう空太のしっているペトラではないでしょう」
彼女はアルベリアの使命を果たすため、空太のかわりに銃弾をうけ、メモリー格納庫を破損した。そこには、彼女が大切にしていた、アルベリアとの思い出が保管されていた。
「最初はペトラとふたりで、このお城ですごしていた。あの子は優秀なメイドで、姫である私に忠誠を尽くし、守ってくれた。
だけど今は……。
空太、私は怖いのです」
仏像が壊された日、アルベリアは、壊れた仏像を木片をあつめ、祈りのことばを唱えながら、燃やした。
彼女はその日から、夜の祈りを行わなくなった。
アルベリアと子どもたちは、だれが仏像を破壊したのか、しらない。
「お城のだれかが私の行為を蔑んでいる。……いいえもしかすると、国民皆が、私の祈りを軽蔑しているのかもしれない。夜、だれかが私をみつめている気がする。今までは、壊された、仏像様の目のかたちをしていた、その視線は、今では子どもたちの哀れみをふくんだ目にかわっているのです」
アルベリアは、邪行クロネコに包囲された日、子どもたちとともに自決しようとしたこと、それを草介に否定され、じぶんの愚かさをみつめて後悔して生きろと説得されたことを、空太に泣きながら告げた。
「私は彼に反論したかった。けれどなにもいえなかった。夜眠る時、彼のことばが頭のなかでうずまく……幻の手となって、私の首をしめてくる」
「草介はすこし曲解した思想の持ち主なのです。あまり煮詰めて考えない方がよい」
それでもアルベリアはシクシク泣いているので、空太は、昔彼女が描いた、月をめざす二匹のウサギの絵をおぼえているか? ときいた。
「え?」
「アナタはよごれてしまった世界からの脱出を企てていた……。
そして、アナタが望んだ地表は、またしてもよごれようとしている。
ならば、私といっしょに次の世界にいけばいいではありませんか。
次の世界にゆき、またアナタが望む、きれいな世界を構築すればいい。
イイエ……もしもそれが怖いなら、なにもしなくてもいい。
祈る必要は、もうない。
普通の少女のように、おしゃれをし、花飾りをつくり、夜にはふかふかなベッドで眠る……。
そんな、どこにでもいる、普通の少女に……。
だって、アナタは……」
アナタはお姫様なんかではない。
どこにでもいる、普通の少女なのだから……。
空太はそういいかけたが、涙目でみあげるアルベリアの目にかき消された。
「空太といっしょに……このお城をでろというの」
「ハイ」
「……妹さんもいっしょね」
「ハイ」空太はうなずいた。「私一人では、森で迷ってしまう。クロネコのヒゲをレーダーにする必要がある」
アルベリアはすこしだけ目をふせてだまっていたが、やがて、微笑みをうかべ、こたえた。
「ありがとう……。けれど、私はいっしょにはいけません。
皆から疎まれていようと……それでも私は……、
このお城のお姫様なのだから」
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