第29話

 妹が翌日に城を発つという。空太も追従することにした。


 前日の夕刻、お城の裏の丘にのぼり、夕陽にそまった、森を見おろした。

 霧につつまれた森から、一羽のカラスがとびたった。

 森のなかを歩く、草介の後姿をおもいうかべた。

 森のどこかに、幽王星が眠っている。

 草介も立ち寄っているのだろうか。

 夜につつまれるころ、空太は城にもどった。


 草介がいなくなった日の朝、空太は裏庭にたおれていた。

 すぐそばには、破砕した仏像があった。

 子どもたちは騒然としたようすで、なにがあったのかたずねたが、空太は首を振るばかりであった。

 草介がきえたこと、祈りの間の仏像が破壊されたこと、……これらの事象は、子どもたちに混乱をまねいた。

 みかねたアルベリアが子どもたちに説明を行った。

「草介はべつの星へ旅にいった」といった。

「彼はもとより渇望を埋める欲求が強かった。同時に他者からの承認にも飢えていた。おそらく、自分の適性がふさわしい場所への目星がついたのでしょう。私は彼の旅立ちをこころよく許可しました。暇をみて、また遊びにくるといっていたから、楽しみにしておきましょう」

 草介のかわりとなる子を、アルベリアはすでに招集をかけていた。

 二日もすれば、電波にみちびかれ、城におとずれる。

 医者の子どもで、とても頭がよいという。

「体の不調を訴える者が出た時、手持ちの薬では対応しきれないことがあります。そんな時、彼は皆を助けてくれるでしょう」

 多くの子どもは、草介の去就と新たな国民の介入に納得していたが、ひとりだけ泣いている女の子がいた。

 夜、空太は月をみあげていた。

 しずかな夜、空太は翌日の出発に想いを馳せていた。

 すると、アイリークが服のそでをひっぱってきた。

 真っ赤になった目元をみられたくないのか、うつむいたまま、紙きれを一枚、空太に手渡した。

「……そうちゃんが、自分がいなくなることがあったら、そらちゃんにわたせといったの」

 紙きれには、草介の自筆でメモがかいてあった。

 自分はいずれ、チャンスをうかがい、ペトラレインから「異電子コンパスの強奪」を図ること。

 コンパスを道しるべに、自分の力をふるまえる星にゆくこと。

 別れの挨拶をするのは性分ではないから、こうしてメモを残してゆくこと。

 そんな内容が記載されていた。

 仏像を壊した夜、草介がアルベリアの部屋で遂行した行為を、空太は理解した。

 彼は手負いになったペトラレインから、異電子コンパスを盗もうとしたのだ。

 休息をとらず、隙をみせないペトラレイン。

 銃弾により破損し、深手をおった今なら、強奪できると踏んだのだろう。

 彼は、邪魔になりそうなアルベリアに薬を盛り、深夜に部屋に侵入した。

 彼は果たして、コンパスを盗めたのだろうか。

 強奪に成功し、アルベリアがいうように、どこか別の星に旅立ったのか。

 もしくは……。

 空太はもうひとつの可能性を鑑みた。

 異電子乱流の森できいた、草介の話が頭をよぎる。


 —―月が青く光る夜だった。

 —―ペトラレインが……コトラをつれて、異電子乱流の森に入っていった。

 —―彼女の手には猟銃があった。コトラもどこか、うれしそうであった。

 —―ボクは「銃の使い方でも教える気なのか?」とふたりのあとをつけた。コトラはよく、猟銃を扱わせるよう、ペトラレインにごねていたから。

 —―だけどボクは、森の霧に、ふたりの影を見失ってしまった。

 —―しばらくして、銃声が鳴りひびいた。二発……。ボクは銃声のきこえた方に歩いた。やがて、霧にふたりの影がうかびあがった。ボクは木の影にかくれて、ふたりの様子を視察した……。

 —―ひとりは、ペトラレインであった。もうひとりは、ローブを目深くかぶった邪行使だった。

 —―コトラの体は、ペトラレイの両手に掲げられていた。胸から血があふれ出ているのがわかった。動く気配はない……死んでいた。

 —―ボクはすぐにわかった。あの傷は、獣によってつくられたものではない。銃痕……ペトラレインに、撃たれたのだ。

 —―ペトラレインと邪行使は、小声で話していて、その内容のほとんどはわからなかったけれど「脳はキレイな状態だ」というのはきこえた。邪行使は、うなずくと、大量の金貨をペトラレインにわたし、コトラの骸を箱に入れ、クロネコの背にまたがり去っていった。

 —―翌朝、くらがりでアルベリアとペトラレインが小声で話しているのをきいた。

 —―コトラは、邪行クロネコにくわれたことにしましょう。森に対して子どもたちが恐れを抱くようになる……ってね。




 すすり泣きの声が、空太を現実にひきもどした。

 アイリークは、空太のお腹に抱きつき、スンスンと泣きつづけている。

「私……わかる。そうちゃん、もういないんでしょう? お姫様は、そうちゃん、また遊びにくるっていっているけど……あれは、ウソだ。そうちゃん、私に黙っていなくなっちゃった」

 空太はふるえる少女の頭をなでながら、やさしく語りかけた。

「そんなことはない……アイリークのようなかわいい子を放って、草介がいなくなるものか。アルベリア様がまえ、いっていただろ? アイツは誰よりもやさしい男なのだ。かならず、また帰ってくるさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る