第28話



 そしてその日の夜、アルベリアは祈りを行った。

 空太と、妹と、草介と「石神 優里」のすんでいた星を破壊した。


 祈りが終わると、アルベリアは床にくずれおちた。

 アルベリアの体は痙攣をおこしていた。

 嗚咽がもれでている。

 女の子たちが心配そうにかけよるが、大丈夫と震えながらいい、アルベリアは、なんとか立ちあがった。

「すこし、力を使いすぎてしまった。眠たい……」

 空太が部屋まで送ろうと手を貸そうとしたが、アルベリアは、首をふって拒否した。小鹿のような、たよりない足取りで、歩きはじめる。

「アルベリア」その背中に声をかけたのは、草介であった。「二階まであがるのがしんどければ、ボクのふとんを使うといい。シーツは今日洗濯したばかりで清潔だし、ボクは今宵、眠るつもりはない。星をみに行く予定だから」

 アルベリアは草介のほうを一度ふりむくと、なにもいわずに部屋をでていった。

 子どもたちはしばらく呆然としていたが、やがて片づけを始めた。

 アルベリアの行方を目で追っていた空太に、妹が「ネェ」と声をかけた。

「お兄やん、うちらのお家みにいったんよな」

「アァ……」

「それならさ、うちのランドセルみぃへんかった?」

「ランドセル……? イヤ、家はすべて焼き尽くされていた。土と灰しか残っていない」

「そうなんや」

 妹のランドセルのなかには、仲が良かった友達の写真が大量につめこまれていたようだ。妹は、空太とちがい、協調性が高く、友人も多くいた。

 妹は額に指をあてながら「ンー」とうなった。

「だけどな……うち、友達の顔が、おもいだせへんねん」

「私も思いだせないさ。思いだせるのは、綺麗であった保健教諭の顔くらいだ」

 妹は星が消えゆく時、寂寞の念にとらわれる瞬間をまった。

 だが、なにもうかびあがらなかった。

 ただ、星が光になってゆく様をみて「ア、消えちゃった」とおもうだけであった。

 自分の友達が死んでしまうすがたを想像したが、それもうまくいなかった。

 友達の顔が、誰一人として、頭に像をつくらない。

「もしかしたら、この異電子乱流の空間には、過去の思い出を風化させる力があるのかもしれへんわ。時の流れがおかしーの、お兄やんも気づいとるやろ。それが、関係あるのかも」

「アァ、そうかもな。だが、もう過去はすべて消えてしまった。そんなことは、どうでもよいではないか」

「それもそうやな。ほな、うちは今から、あの子たちにエサやりにいくから」


 空太がリビングの寝床にもどると、草介のふとんの上で、アルベリアが寝息をたてていた。

(不眠症であったはずのアルベリア様が、こうもたやすく眠られるとは……、よほど今宵の祈りは、体に負担が大きかったものなのだろう)

 空太も自身の布団に入った。


 深夜、祈りの間で物音がきこえた。

 その後、ズルズルと重いものをひきずる音に、空太は目をさました。

 祈りの間につづく襖があいており、何者かが、そこから物を運び出しているようだ。裏庭にむかっていた。

 空太は人影を追いかけた。

 ランタンの光によって、その人物の顔が露わになった。

「草介……なにをしている」

 草介の手には、斧があった。

 かすかにつもった雪のうえに、祈りの間に鎮座していた仏像がころがっていた。

 草介は一瞬空太のほうをむいた。

 何かにとりつかれたように、虚無的で、魂の気配を感じない目が、空太を射抜く。

 すぐに仏像にむきなおり、手にした斧を、月にふりあげ、たたきおろした。

 鈍い音がひびく。

 首のない仏像の体の一部が、破砕され、木くずとなって、雪原にちらばる。

 もう一度ふりあげ、ふりおろす。

 作業的な動作で、淡々と、無味乾燥的に、それはくりかえされる。

「ボクはアルベリアから指令をうけた」ふたたび斧をふりおろしながら、草介はいった。「もちろん、言語化されたものではない。耳ではなく、脳波でうけとった指令だ。言葉なんていう、陳腐な飾りによる指令ではなかった。ボクは指令を受諾するか、ほんのすこし悩んだけれど、ボクは今宵旅立つのだ。ボクはこんなところに閉じこめられた囚人ではない。ボクは自分の意志で世界を採択する。ボクはボクに適した、世界へと渡る。ペトラレインは壊れている。チャンスは今しかないのだ。

 今までお世話になったアルベリアに、置き土産をしていくのも悪くないとおもった。彼女は自分の罪をかくすために、この仏像を信仰するふりをしているのは、しっていた。だから、破壊しようとすれば、彼女はボクに、制止をかけるふりをするだろう。偽善者のアルベリアのやりそうなことだ。天才軍師のボクは、もちろんそんなこと見抜いている。だから、ボクは彼女の飲み水に、強力な睡眠薬としびれ薬をしかけ、彼女を眠らせることにした。そうすることは、今宵しかけることに対して、有効な一手でもあった。アルベリアの部屋に、ペトラレインは眠っている。同じ部屋にアルベリアがいれば、作業に支障がでる恐れがある。だからボクは、ボクのふとんを彼女にゆずった」


 仏像は、バラバラに破砕され、もう木の破片にすがたをかえていた。

 荒い呼吸音が、草介の口からもれでている。

 雪が、ふる。

 フクロウの鳴き声が、あざ笑うように、森のほうからきこえた。

 草介は、ふーっとおおきく息を吐くと、ふりむいた。

 斧を捨て、ポケットから布をとりだした。




「空太」草介は微笑をうかべながら、雪のなか、自然な動作で、空太にちかよった。

「アルベリア……、いや、石神 優里を大切にしろ」


 空太の口元は、草介のもっていた布におおわれた。

 意識が遠のいていく。

 くらやみにおちていく瞬間、じゃあな、という声をきいたきがした。




 翌朝、草介はお城からいなくなった。

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