第27話

 次の日の朝、空太が目をさますと、目のまえにアルベリアの顔があった。

 空太の顔をのぞきこみ「おはよう」と声をかけた。

「昨夜はペトラを助けてくれたのに、お礼もいわずに追い返してしまってごめんなさい。お詫びに、空太の朝食を私が用意したの」

 お皿には、トーストとベーコンエッグがのっていた。

 パンは焦げつき、目玉焼きの黄身は壊れてしまっている。

 空太がトーストをかじっていると、アルベリアは、消えゆく星の様子をたずねた。

 空太は紫屍花が咲いていたことと、死地におもむく兵士たちについて語った。

 アルベリアは、頬杖をつきながらあくびをし、目をこすった。

「昨夜はペトラの修復で眠れなかった」ペトラレインの体はひび割れてしまったコップだ。邪光物質をコップにみたしても、穴だらけではこぼれ落ちてしまう。アルベリアは、夜通しで、外皮にできたひびをふさぐ作業をしていた。

「アルベリア様、やはり、最近も眠れないのですか」

「あなたの奥底に刻み込まれたその傷は、いずれは悪夢にすがたをかえるのでしょうか。それとも枯れて、土にかえるのでしょうか」

「アルベリア様……ききたいことがあるのです。私は、ペトラレイン様をお城につれて帰るさなか、彼女の妄言をずっと耳にしていました」女の子のひとりが、気を利かし、コーヒーをいれて、ふたりにもってきてくれた。黒い苦みのなかは、秘密の隠し場所としては最適な場所だった。コーヒーを飲みながら、空太はペトラレインの妄言の内容を話し、信憑性について、アルベリアに問うた。

 話をきく間、アルベリアは窓の外をみていた。

 やがて、話しおえると、もう忘れてしまった、といった。

「末期症状の老人や機械は、時に未知に対して意識や電波を接続し、そのせいで現実を解読できなくなってしまうものです。ペトラも、脳をやられていました。おそらく、夢うつつにいたのでしょう。あなたが真に受ける話ではありません」


 雪がふる朝。

 お城のまわりの原っぱは、白い雪原にすがたをかえ、クロネコたちはじゃれつく。

 ―—猫使いの巫女。

 邪行クロネコの脅威からお城を救い、猫を操る笛をもつ空太の妹のことを、子どもたちは、そう呼んだ。

 彼女は、愛猫の背にまたがり、雪原をかけまわる。

 まぼろしのようだった。

 雪原にゆれる、赤い着物のすそは、赤色の蝶が、羽を羽ばたかせながら、鱗粉をふりまいているようだった。

 アルベリアと妹は年頃がちかく、すぐに仲良くなった。

 クロネコの背にともにまたがり、嬌声をあげながら、雪原をかけまわった。

 時には、森のなかにまで、ふたりは遊びにいった。

 森に咲いた、綺麗な花をつかって、冠をつくっていた。

 夜には、焚火のまわりに子どもたちをあつめ、旅でみたものを、笛の演奏とともに語り聞かせた。

 雪がふりつもる朝、空太は妹に、猫たちについてたずねた。

「昔、死んじゃった黒猫を弔ったことがあったやろ? そのお礼に、タナトがこの笛をとどけてくれたん」

 妹はかたわらにうずくまる邪行クロネコの顎をなでながら、己の首元にかかった、銀色の縦笛にふれた。

 邪行クロネコの怒りをしずめ、飼いならすことのできる、その縦笛は、ほかの子どもが息を吹きこんでも、音が出ない。

 妹がふけば、鈴の音のように、心地のよい音がひびく。

 人がきいても、その心地にいやされ、眠気をさそう。

 猫酔いの笛。

 妹はそう名づけた。

「森にまよいこんででれんなった時は、さみしくて泣いてばかりやったけど、タナトが慰めてくれたから、うち、すこしずつ慣れてきたんや。夜、学校の友達を思いだす時は、音楽で習った曲を、笛で演奏しているとおちついた」

 妹はタナトと名付けたクロネコとともに、異電子乱流の森を旅した。

 邪行使とすれちがうたびに、この森のしくみをしった。

 邪行使の一人が、最近、森にすむ邪行クロネコが数がふえ、集落を襲っていると、妹に教えた。

「皆は怖がるクロネコたちやけど、うちには猫酔いの笛があるんやから、可愛いお友達みたいなもんや。うち、お金かせぎたいおもてたん」

 クロネコの数が多い地域におもむき、沈静化し、その対価としてお布施をいただく。

 それが「猫使いの巫女」としての妹のしごとであった。

 しばらくつづけているうちに、そのうわさはアルベリアの耳にまで入ったようだ。

 邪行使伝手で、アルベリアの伝言は、妹にとどいた。

「うち、アルベリア様に呼ばれたんよ。お兄やんがうちのことをさがしているから、一度、ここに遊びにおいでって」

「アルベリア様が……?」

「ウン。それで遊びに来た時に、クロネコたちに囲まれてたんや。うちがおらんかったら、今頃この拠点はダメになってたおもう」ほめてほめてーといいながら、妹は空太の胸元に頬をすりよせた。

 妹の頭をなで、空太は「これからどうするのだ?」とたずねた。

 妹は、さぐるような目で空太をみあげた。

「それはうちのセリフよ。うちは今から、あの子たちを人のおらん、自然の棲み処に誘導せないかんもん。それが終わったら、また別の場所を助けにいくんよ」

 邪行クロネコが人をくう理由は、近くに手頃の餌場がないからだという。

 今は、妹のもつ猫のエサで飢えをしのいでいるが、備蓄がつきると狂暴化する。

 その前に自然の狩場へ移動する必要があった。

 空太は小竜のとぶ谷で、ネコが竜をくわえているすがたをおもいだした。

「お兄やんはどうするん? うちとくるの? それともここにのこるの?」

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