第26話

 いくつかの夜をとおりぬけた。

 ペトラレインは記憶の詠唱をくりかえし、過去と現在を行き来した。

 光のみえる方角……アルベリアのお城を、ずっとみつめていた。


 やがてペトラレインは、アルベリアの名を繰りかえすだけになった。

 体のパーツは、ひきずる間にほとんど剥がれ落ち、今では半分の体積もなかった。

 剥がれ落ちた体のかけらは、土壌を黒く汚し、溶けていった。

 深夜、お城ちかくの小川をわたると、霧が晴れた。

 小さくなってしまったペトラレインの体を大樹に隠し、単身で城にむかった。


 お城のすぐちかくの藪で、空太はしゃがみこんだ。

 黒いおおきな毛玉が四つ、お城をとりかこむように、うずくまっている。

 邪行クロネコであった。

 城の人々の身を一瞬危惧した空太だが、すぐにネコたちに敵意がないと察した。大きな音でゴロゴロと喉を鳴らしている。

 庭では焚火がおこなわれていた。

 月明りの下で、鞠つきをしている、赤い着物をきた、少女がいた。

 その少女の顔をみるなり、空太は藪からとびだし、妹の名を呼んだ。

「アラ、久しぶりやね。お兄やん」少女は鞠つきをやめ、ほほ笑んだ。

 少女の首には、紐にくくられた銀色の縦笛が、かかっていた。

「無事でよかった。再会を喜びあいたいところではあるが、私は早急にアルベリア様のもとにいかなくてはならない」

「ウチらの星、なくなるんとね。母上へのお別れはすんだと?」

「いや、なにも残っていなかった」


「空太……! おかえりなさい、遅かったから心配していたの。ペトラは……?」

 アルベリアはまだ起きていた。

 事情を説明すると、アルベリアは顔を真っ青にして、すぐに部屋にペトラレインを運ぶよう指示をした。


 ペトラレインを運搬していると、ふたりに声をかけられた。

 ひとりは庭で鞠つきをしていた妹。

 彼女は空太がひきずっているペトラレインをみるなり、目を細め「あまり、さわらない方がよいよ」といった。

「なぜだ」

「みればわかるとおもうけど、それは邪の物質で構成されている。さわりすぎると、お兄やんまで飲みこまれてしまうわ」

「しかし……彼女は私の友達なのだ。アルベリア様の大親友でもある」

「マァ……お兄やんにもお友達がいたのね」

 ひきずられた格好のペトラレインは「アルベリア様ですか?」と妹のほうをかすかにみた。

「私は帰ってまいりました……。ですが、よごれている。アナタの視界を汚したくはない。どうか、私のほうを、あまりみつめないでください」

 残っていたひとつの目は、泥でよごれてしまっている。彼女は、妹を主とかん違いしているようだった。

 妹は汚物でもみたように、腕をかきあわせ、身をよじった。

「壊れているやん。人のすがたで構成してあるのが、趣味が悪いとしかいいようがないわ」そういうと、彼女は鞠つきを再開した。

 城の裏口をすぎた時、物陰からオイと声をかけられた。

「草介か? 起こしてしまったか……すまない。緊急のため、急いでいたのだ」

「オマエがひきずっている黒くて汚いそれは……、あの脳ミソ筋肉メイドの成れの果てか」草介は暗闇よりすがたをあらわした。「やはり人間ではなかったか」

「アァ、ペトラレイン様だ。私をかばって銃弾を体中にうけた。脳の一部も損傷をしている」

「頭を撃たれたのか。死んでいる?」

 空太は首をふった。

「まだ、生きている。アルベリア様の部屋に運ぶのだ。君も、手を貸してくれないか」

 ふたりは協力して、ペトラレインの体をもちあげ、二階に運んだ。

 アルベリアの部屋に入り、彼女の机のうえにあった、顕微鏡によくにた機器の前に、ペトラレインを安置する。

 レンズの先から、粘性のある黒い光……のようなものがこぼれおち、ペトラレインの体にしたたりおちていく。「邪光物質ジャコウ・マター」空太はつぶやいた。みていると、不安に胸が押しつぶされそうになる、危険な気配を孕んだ光だ……。

「ありがとう。あとは私にまかせてください。あまり、見られたいものではないの……」

 アルベリアに部屋を追い出されたので、ふたりは小川で体を洗い、眠りにつくことにした。

 空太は、寝床にもどるまでの間、お城のまわりにいた邪行クロネコたちのことや、妹のことを草介にききたかったが、彼はずっとうつむき、なにかを思案している様子で、声をかけても反応はなかった。

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