第25話

 廃棄するか、一瞬なやむ。

 アルベリアの顔をおもいだす。

 壊れかけてはいるが、まだうごく。

 空太はそう判断し、ペトラレインの体をひきずった。


 銃声が鳴りひびき、死人が出た。

 だが、町の人々に、うごく気配はなかった。

 銃声は、もはや日常になっているのだ。灰につつまれたまま、町は、静寂をつらぬいている。


 空太はペトラレインの体を、灰まみれにしながら、ひきずった。

 ペトラレインは今「非常用プログラム」が作動し、半自動で駆動している。

 肉体の能力はほぼ失われているが、音声ガイダンスが作動し、自身の欠損した「邪光物質ジャコウ・マター」を補うため、アルベリアの自室に誘導している。

「ジャコウマター……? この黒いやつか」

 彼女の体からこぼれおちる、粘性のある黒い液体。

 空太は、アルベリアの部屋でみた、顕微鏡によくにた電子機具からでた光をおもいだす。

「場所はわかりますか? 私は、お城まで帰れる自信がありません」

「光がみえます。アルベリア様の光です」

 彼女の案内通りにいくと、脳が浮くような感覚のあと、異電子乱流の森のなかにいた。


 目を貫通した銃弾は、脳に位置する場所にあった「メモリー格納庫」に著しい損傷をあたえた。

 格納庫にダメージをうけた邪光物質玩具ジャコウ・マタードールは、メモリーの破損をふせぐため、自動的にメモリー読み上げ作業をおこなう。

 空太が、赤目のフクロウに見守られながら、森を歩く間、ペトラレインは、真実かウソかわからない、絵空事を諳んじつづけた。




 初めてうまれた時、アルベリア様は、私の手から構成した。

 それはだれかと手をつなぎたかったからだという。

 アルベリア様は私の手をにぎり、そして、ぬくもりがないことをしった。

 アルベリア様は必死な想いで私にぬくもりをあたえようとした。

 しかし、うまくはいかなかった。

 プラスチックにいくら熱をあたえても、人体の持つやわらかなぬくもりにはならない、それとおなじことだった。

 落胆することもなく、アルベリア様は、私の体を構成しつづけ、私をつくった。

 そして、初めての命令をくだした。

 あなたの名前はペトラレイン。

 あなたに任務を与えます。

 それは、このお城のお姫様である私の、お友達になることです。




「死にたくなければ、話さない方がよいのではないですか? 血……ではなく邪光物質が、こぼれてしまいます」ペトラレインが、口を開くたびに、邪光物質がこぼれおち、泥がはいりこむ。こぼれた邪光物質をかぶった雑草は、黒い煙をふきながら、一瞬にして腐敗した。

「死とは生命あるものにあたえられた救済だとアルベリア様はよく仰っていました。私が羨むものの一つです」




 星のみえる丘で、白夢華をあつめて冠をつくったことがあります。

 あの時はまだ、子どもを呼びこむ方法がわからなかったから、アルベリア様は、私とよく遊んでくれた。

 アルベリア様は、私の頭に冠をかざして、といいました。

 いうとおりにしたけれど、アルベリア様は、何か足りないとでもいうように、小首をお傾げになっておりました。

 冠を解体すると、星空をゆびさし、いいました。

 綺麗な星だけど、中にいるヤツらは、薄らよごれている。

 綺麗にお掃除する人がいなくては、他の星にまで移ってしまいます。

 ペトラレイン、お掃除を始めましょう。

 私にはその力があるようだ。

 心に、泉がわきあがっている。

 目をつむれば、あふれだし、星にエネルギーが伝わる。

 アルベリア様の祈りが始まりました。

 星を破壊する力をもつアルベリア様でしたが、自身の心をしる能力は、欠けているようでした。

 心。

 とはなんでしょうか?

 どちらにせよ、みえないそれが、ゆくゆく、アルベリア様を傷つけるようになりました。




 巨大な影が、ふたりを覆った。

 空太は空をみあげた。

「飛竜がとんでいる……。火をふく様子はないが、爪が鋭い。人がすむ星ではないようだ……。人肉に興味がないことを祈るしかない」

「コトラには、悪いことをしたとおもっています」

 コトラになにをしたのか話せと空太をたずねたが、アルベリアよりプロテクトがかかっているようだった。




 子どもたちがお城に集まるようになると、アルベリア様は、自然な笑みをみせるようになった。

 子どもたちはみな、最初は戸惑っていました。

 ですが、アルベリア様のやさしさにほだされ、お城は笑顔につつまれるようになります。

 女の子は特に大事にしているようで、笑顔の大切さと他人へのやさしさを説きました。彼女たちの服や調度品、身支度用具を邪行使から買いました。

 私も鏡のまえで笑顔の練習をしてみました。

 そのすがたを草介にみられたのですが、彼は、怖いからやめてくれといいのこし、足早に去っていきました。

 アルベリア様は笑顔が不得手な私にも、他の子たちとかわらず、やさしく接してくれます。

 ですが、やわらかな笑みをうかべ、会話をたのしむ彼女たちをみていると……。

 私のなかに、なにかが積もってゆく気配がありました。

 私はそれがどうしようもないほどに積載されると、森に入り、とおりがかった邪行クロネコを始末した。

 こんなすがたをみたら、女の子としての美しさを説く、アルベリア様に怒られるだろうか。




「……先ほど邪行クロネコとすれちがった。私は死を覚悟した。だが、邪光物質まみれになっているアナタのすがたをみるなり、逃げだした」

「彼らは私の同類でもある。多くの食材は私の舌に適さなかったが、唯一、美味をかんじるものがあった。それは、彼らがたべるものとおなじでした」

 雪がふる森のなかで、ペトラレインの独白はつづく。

 こわれたラジオのように、ノイズがまじっている。 




 アルベリア様が浮かない顔をする日がふえていく。

 汚れた星を破壊し、自分を慕う子どもたちに囲われ、充足した日々がつづいている。

 それなのに、アルベリア様は、夜眠る前、シクシクとお泣きになる。

 私がどうかしたのかとたずねても、アルベリア様は、首をおふりになるばかり。

 ……もう、私にはわかっていました。

 彼女が最後に、なにを求めていたのか。

 私はある日、アルベリア様にいいました。

 邪光物質玩具ジャコウ・マタードールは、外皮を自由に組みかえることが可能です。外皮なんて、飾りなのですから……。

 あなたが望むのであれば、私は殿方のすがたにでもなりましょう。

 私は、どんなにメモリーを破壊されても、その時アルベリア様がみせた、とても哀しそうな顔を、わすれることができないでしょう。

 彼女は「もう、二度とそんなことを口にしないで」といいました。

 私はおもいしりました。

 私はどんなに人間ににていようと、どんなに美しく着飾ろうと、どんなに不格好な笑みを取り繕ろうと、人間のまねごとをしているにすぎないのだと。

 私は、人間には、なれない。

 私の手はつめたいままなのだ。

 そして、……空太がお城に呼ばれました。

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