第23話

 夕刻に、霧のむこうから、猫たちはすがたをあらわした。

 赤い目に殺意をたぎらせ、威嚇のために喉を鳴らした。

 猫たちは、お城の壁を破壊するため、爪をたてた。

 アルベリアは二階の窓から、猟銃をうった。

 猟銃は重く、アルベリアの手に余ったため、一発撃つと放置した。

 彼らはしばしの間ひるんだが、致命傷をあたえることはできなかった。

 轟音が鳴り、壁に猫の爪痕がつく。破損した個所から、夜風とともに猫たちの生暖かい呼気が入りこんだ。

 黒い体毛と、真っ赤な口内が、見え隠れするたびに、部屋の中央にかたまった子どもたちは、すすり泣いた。

 子どものなかで、ひときわ大きな声で泣いたのが、草介であった。

 彼はふだん、ペトラレインから猟銃の使い方を学んでいたが、銃を手にすることもなく、泣きわめいていた。だからかわりにアルベリアが猟銃を手にしたのだ。

 自分がなぜ死ななくていけないのか、ペトラレインがいないから、クロネコたちはここを脅威としてとらえていないのだ、なぜ、ネコ除けのお香を切らしている時に、空太といっしょにあのメイドをおくった?

 草介は泣きわめきながら、そんなことをアルベリアにいってのけた。

 一番年上であった草介が大声で泣くから、ちいさな子どもたちに伝播し、城は一時混乱状態におちいった。

 アルベリアは倉庫から邪行クロネコのエサ(どこかの施設で作られているという、人肉とにた味のものだ……。なぜ備蓄してあるのか、不明)をもってこさせると、二階の窓から、クロネコたちの前にほうった。

 猫たちがエサに気をとられている間に、アルベリアは、離れにあった薪置き場に火を放つよう指示した。

 邪行クロネコといえど獣であるため、火を恐れる。幾ばくかの時間かせぎにはなるだろうと算段をたてた。

 子どもたちの尽力のかいがあり、ようやく火の手があがった。クロネコたちはおびえだし、お城からすこし距離をとった場所でたむろしていた。

 草介は、この騒動の間、ずっと祈りの間にひきこもり、すすり泣いていた。

 アルベリアは部屋にノックをし「私の部屋にきなさい」と草介に語りかけた。


 草介が部屋に入ると、アルベリアはカーテンをわずかに開け、外の様子をたしかめていた。「テーブルにケーキがおいてあるでしょう。私の、特別なケーキなのですが、魔法がかかっています。あなたにあげます」

 それは、チョコレートケーキであった。

 一口食べるごとに、草介をみたしていた、さみしさがとけていった。

 いつのまにか、涙はとまっていた。

 草介が平らげると、アルベリアはブスっと頬をふくらませて、彼をにらみつけた。

「……本当は、私がよいことをした時のご褒美のケーキなのです。たとえばブランコジャンプの記録が更新した時とか、皆の服の補修を上手にできた時とか」

「この世界の食事はすべて淡白なものだ……。味なんてかざりだろう」

「たしかにその通りです。ですが、砂糖とは、ただの甘みがつまっているわけではなく、生きる希望がつまっているのだと、私はおもっています。現に、あなたは泣きやみました」

 アルベリアはふたたび窓にむきなおり「一時的な時間かせぎはしていますが、猫は、おそらく私たちを食らうまで、離れないでしょう」といった。

 窓は、かすかにオレンジ色がゆらめいている。薪置き場は依然として燃えているが、燃料がつきれば、火の手はおさまる。そうすれば、クロネコたちは、ふたたび進行するだろう。

 草介は夜気を脳内にとりいれ、冷却をおこなった。

 そうすると、チョコレートの甘みが、彼に勇気をあたえた。

「ペトラレインはまだ帰ってこないのか。猫はアイツを恐れているんだ。アイツが帰ってくるまで耐え抜けば、生き残れるはずだ。これは、ボクが昔、とある軍師からきいた話だが……」

「アラ?」アルベリアは、イタズラがおもいうかんだ子どものように、目をほそめた。「それは、迷子のカラスからきいた話? 戦争のゲームばかりやっているニートからきいた話? あるいは、飲み屋街で酔いつぶれていた『自称軍師のオジサン』からきいた与太話ではないでしょうね?」

 アルベリアはチョコレートケーキへの恨みがあるのか、ずいぶん挑発的な目で、草介をにらんだ。

「……基本的には、戦では、籠城戦は城を守る側のほうが有利なんだ。高低差と地形の利があるし、要所を守るだけでよいから、少ない兵員でも守り切ることができる。援軍が来るまで耐えれば、逆に包囲する形になり、優位にたつことができる」

「それは『戦』の話でしょう? 私たちは戦をしているのではないわ。これは、蹂躙にちかいもの」

「……早く、あのメイドを呼び返せ」

「ペトラには通信機をもたせています……ですが、今日の夕刻頃から連絡がとれません。もしかしたら、なにか悪いことがあったのかも」

「悪いこと? アイツ自身が災厄のかたまりのような存在ではないか……」

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