第22話

 なぜ兵隊の格好をしているのか、空太はかつての級友にたずねた。

 彼らは一瞬顔をみあわせたあと、事情を説明した。

 国民総動員令が発令され、十二をすぎた男は、みな徴兵され、そのほとんどは死んでいった、とのことだった。

「大変だったぜ~。タツキも、新型魚雷で海の藻屑になっちゃってさー。バカだった康介は、爆弾のせた飛行機で敵基地につっこんだ」

 女は軍需工場で、弾薬や軍服を作っている。

 そのあとも、空太の級友たちが、どのような最期をむかえたのか、彼らは流暢な口調で語った。

「それで、オマエは今までどこにいたの。それから、この綺麗なお姉さまはだれ?」

 その質問をうけた時、ユーストラ公国の名をだすかなやんだが、とおくの町に疎開をしていたとウソをつき、ペトラレインのことも従妹だとつげた。

 ペトラレインは話をくみとり、うやうやしく頭を下げた。

「こんばんは、空太がいつもお世話になっています。ところで、皆様はこれからどちらに進軍なさるの」

 彼らはペトラレインの美しさに圧倒され、きをつけの姿勢で、自分たちのこれからの任務を説明した。

 彼らの任務は、国が保有する、大型酸素格納庫の制圧であった。

「……敵国ではなく、自国の施設に攻撃するというのか」

「は? もう、国なんていうものはない。分解された。あそこにまだ仕えている奴らは、ただただ、死ぬだけの人形だ。人間としての尊厳はうばわれている。俺たちは金でうごく、傭兵になった」

 国にすむ大富豪のひとりが、月への移住をねっている。そのため、大量の酸素が必要となる。だが、おなじように考える大富豪は、世界中に大勢いた。酸素の争奪戦が始まり、個人所有のミサイルが、日々、富豪の家におちていた。

 月移住計画第一号になる予定だった、世界一の富を築き上げた有名な富豪がいた。

 彼のロケットは、彼を妬んだテロ組織によって、墜落した。

「だが、俺たちも今から死ぬ。てか、もう世界が死へむかっている。それなら最後に楽しむために、金が必要だろ? 頭がよくない俺たちにとって、傭兵が一番儲かる」兵士は、いった。

 彼らがこれより進行する格納庫には、防衛部隊が大量に配備され、死守のかまえをみせている。

 富豪たちは、それでも酸素をもとめるために、高い金を払って、個人の軍隊を雇いむかわせている。

 もちろん、かなうわけもない……。彼らは死にに行くようなものであった。

「いやさー、なんでオマエらの酸素のために俺ら死なないといけねーの? ってかんじだよな。でもさー、俺たち、アイツらの金のおかげで、ヤバい薬と、すげー綺麗な女を買うことができたんだ、もうやべぇぜ? 今思いだしただけでも、ヨダレがたれてくる。きっと棺桶のなかでもヨダレとまんねーぜ」

 兵士たちは、しばらくのあいだ笑いながら「これまでの女と行った具体的な話」を豪語した。彼らの精神状態の昂ぶりから、薬の反応がうかがえた。違法の薬物を服用しているようだった。

 彼らは死を前にしていながら、恐怖をかんじていない。

 薬によって脳がおかしくなっているようだった。

 ひとしきり笑ったあと、兵士は「ふー、さてと」といって、銃を両手でかまえ、空太の胸元にむけた。ひとりがかまえると、他の兵士もならった。「じゃあな、空太。むこうでは、なかよくしよーぜ」

「……は?」

「なにをいっている。国民総動員が発令された時、いわれていただろ? この指令に背き、逃亡を図った者は、死刑に処す、って。俺たちは、国を裏切り、逃亡を図った空太をみつけた。殺さなくちゃいけない。ア……お嬢さんは、殺しませんよ! あとで俺たちと、たのしいことをしましょう!」

「……! まて」

 君たちも国を裏切っているではないか。

 そんなことばが喉につっかえたが、いくつもの銃声にかき消された。

 目をつむる。

 液体が体にふりかかる。

 ア、死んだ。

 空太はそうおもった。


「空太。あなたは、先ほど、涙の流し方をしらないといった。しかし私は、人間になる方法をしらない」


 心臓に手をあてる。

 生きている。

 目を開いた。

 

 まず最初に目に入ったのは、体中から、黒い液体をふきだす、ペトラレインの後姿であった。

 次に目に入ったのは、灰にうずくまった、肉塊たち――。

 それは、先ほどまで空太が話していた、兵士たちの肉であった。

 彼らの体は、木っ端みじんに切り刻まれていた。

 ペトラレインがふりむいた。

 体中に銃弾をあび、銃痕から、黒い液体が、噴水のようにふきでている。

 片目に銃弾をうけたようだ……。

 眼窩から血のかわりに黒い液体がにじみだし、破損した目が、ダランとたれさがっている。


「私がこの世を認知した時。初めての感触は、アルベリア様の手、そして、そのぬくもり。しかし作り物の私には、ぬくもりがない」


 ペトラレインは、とびでてしまった眼球を、もう片方の目でぼんやりみつめて、にぎりつぶした。

 すると、粘性のありそうな、黒い液体がとびちった。




 一方、その頃……ユーストラ公国のアルベリアのお城。

 お城は、三匹の邪行クロネコによって、完全に包囲されていた。

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