第21話
少女は、母を探すために、避難地区からこの地に帰ってきたようだった。
その途中に敵国のミサイル被害にあった。
母がちかくにいないとわかると、水をもとめてきた。
熱によって溶けつつある首もとに、紫色の芽が咲いている。
紫屍花の芽であった。
花の匂いにさそわれて、死肉を食らう羽虫が、少女の体にまとわりついている。
彼らは少女の肉体の分解を早め、紫屍花が咲く土壌形成を促進させる。
空太はペトラレインにきいた。
「この子をアルベリア様の城にまで連れ帰ることは可能ですか」
「可能かどうかでいうと、可能です……。ですが、生きたままとはいえないでしょう」ペトラレインは、紫屍花の芽をつみとった。皮膚の下に、根がびっしりとひろがっている。「体の汚染具合が深刻です。助からないでしょう」
少女は母が近くにいる気がするといった。彼女は、てのひらに相応のぬくもりをかんじている。紫屍花の根は、脳にまで浸蝕している。おそらく、獲物を素早く死に送るため、麻薬成分を脳におくりこみ、抗体を溶かしている。
ペトラレインはつづけて説明をした。
この子は、おそらく、森を抜けることができない。
以前、アルベリアがいっていたように、多くの人は、異電子乱流の森の霧を耐えることはできない。魂をねじ切られ、廃人に陥ってしまう。
「あなたや、城にいる子どもたちは、類まれなる耐性の持ち主なのです。悪環境にも瞬時に適応できる変異種……といえば、きこえは悪いでしょうが。現に、今ここの空気はひどく汚染されていますが、空太は、マスクなしでも適応しているでしょう」
ペトラレインは、ナイフをとりだし、この子を楽にしますか? ときいた。
空太はすこしの合間かんがえ、首をふった。
荷袋から水筒をとりだし、蓋をあけ、少女の口元にまで運んだ。
少女が水を飲むことはなかった。
いつのまにか、こと切れていた。
少女を埋葬するために、穴をほった。
墓標のかわりに、白夢華の花束をそえ、祈りのことばを詠唱した。
空太は、祈りながら、過去に想いを馳せた。
焼け落ちてしまったが、ここは自分の家があった場所だった。
朝は、母親に起こされ、ご飯とみそ汁をかきこんだ。
夜は、ぼろい机のうえで、戦火のゆくえをラジオでききながら、宿題をした。
夕刻、妹とは、近所の猫をつついて遊んだ。近所の友達をさそって、遅い時間までかくれんぼをしたこともある。
父親は幼い時に亡くしてしまったが、庭でキャッチボールをしてもらった記憶がある。
いつもぬくもりにみちていた日々。
それらすべては焼けて、なくなってしまった。
そして……流れ星によって、星ごと埋葬される定めにある。
「涙がでてこないのだ」空太はつぶやいた。
「は?」ペトラレインがききかえした。「なにをいっているのですか」
「このような感傷的な場面にむきあった時、人というものは、涙をながす生物だ……。私は、まわりの友達や大人をみて、そのように教育をうけてきた。だが、いつも涙が流れる時は、強烈な、肉体の痛みをうけた時だけだった。昔、近所のいじめっ子に、体を蹴られた時、痛みに涙が出た。しかし、父が死んだ時、まわりの皆は泣いていたが、私は、泣いていなかった。私は涙の流し方をしらない」
「……そういうものなのですね」
祈りも一段落し、風が強くなった。
夜がおとずれた。
早く帰りましょう、とペトラレインが空太の手をひいた時、足音がきこえた。
灰にぼんやりと、人影がうかびあがる。
銃をかまえ、ガスマスクと装着し、軍服を着こんでいる……五人で形成された、ちいさな軍隊であった。
体躯の成長具合から、空太とおなじ年代の者だとわかった。
空太がうつむき、その横を通り過ぎようとした時「オ? 空太じゃーん」と兵士に声をかけられた。
空太は顔をあげた。むこうはじぶんのことをしっているようだが、ガスマスクをつけているため、空太からはわからなかった。
兵士はちかくにいた仲間を「空太、空太がいるぞ!」とよびとめた。
軍隊は進軍をやめ「オォ、空太だ、ホンモノの空太だ」「生きていたのか、ゾンビじゃないよな」「元気にしていたか?」と口々にいった。
空太が兵士にだれなのか尋ね、その返答をきき、かつてのおなじ学校の級友であることがわかった。まわりにいる兵士たちも空太のしる者であった。
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