第20話
夜、大樹の陰にテントを張り、休息をとる。
行商人から購入した干し肉と、木の実でつくったクッキーを、夕食としてたべる。
夜露が木の葉からこぼれおちる。
川のせせらぎをとおくにききながら、寝袋にくるまった。
深夜、空太はテントからでて、寝ずの番をしているペトラレインに、声をかけた。
「眠りの神が私を見離しているようだ。体はつかれているのだが、未知の経験に神経が昂っているようです。なにかお話でもしませんか」
ペトラレインは、アルベリアにもおなじ頼みごとをされたことがあるといった。
アルベリアは、眠れない時、自由帳をとりだした。
お酒を飲みながら、空想の動物の絵と、ウサギの絵を描いた。
時々、異電子乱流の森の地図を作ろうとした。
「しかしアルベリア様は、異電子乱流の歪みの感覚を、わすれてしまった。多くの人間には、この森のなかで正気を保っていられない。この森を認知するというのは、脳に大きな負荷がかかる行為なのでしょう。迷った時は、まっすぐに直進せよという冒険家の所説があるが、この森には直進という概念がない。生物のもつ方向感覚では、ここは走破できないのです」
アルベリアの描いた異電子乱流の森は、太い線が乱雑に書きこまれた、地図とはよべない、ラクガキであった。
「アルベリア様は、地図の作り方がわからなくなった。その紙は、苛立ちをおぼえた、アルベリア様の手によってやぶられてしまった。意味をなさない見取り図であるのなら、彼女にとっては、醜い紙きれにすぎないのです」
「先ほどの行商人は、私たちのお城の名前をきいた瞬間、あわてふためき去っていきました」
フクロウの鳴き声がきこえた。
ペトラレインはつぶやいた。
「アルベリア様のことをよくおもわない邪行使の方もいるのです……。理由は、私の口からはいいたくありません」
眠気がおとずれなかった空太は、兵士用の睡眠薬をのみ、眠りについた。
銃火器の臭いをくぐりぬけた、その先にひろがる廃墟には、雪がふっていた。
「つきました」とアルベリアがいった。「ここがあなたのすんでいた世界線です」
空太は雪をひとつまみほど、つまんでみた。……体温では溶けなかった。
雪だとおもっていたものは、不純物を大量にふくんだ、灰であった。
「ここが……」
空太はあたりをみわたした。
夜が近づく町を、弱い、蛍光電灯の光が、ポツポツと、彩り始めている。
黒色に燃えつきた町。
燃えずに残った建物の鉄骨が、地面からのびている。まだ、遠くの方には、火が残っている。その火によって、夕陽はぶきみな色ににごっている。
山の木々は焼け落ち、荒れた斜面がむき出しになっている。
空太は目をこすった。
斜面に紫色の光がみえた。
夜の闇をすって、幻想的に紫色に光りながら、裸になった、山の方にまで群生がのびている。
それは、屍によって汚染された土壌に咲く、死の国よりおとずれた、花だった。
死を直前にした前の星に、その花は咲く。
なにもしらない人々は、荒れた心を、その花の美しさで癒そうとするが、地獄からの遣いの花だとは、しるすべがない。
「ここが、私のすんでいた町ですか?」
ペトラレインはうなずいた。
私の家の跡地にいきたい……。
空太はペトラレインにそういい、わずかに残っていた、町の特徴をたよりに、家にむかって歩き出した。
道端にたおれた哀れな死傷者の骸に、灰がふりつもっている。
軍用機がたえず空をとびまわっているが、敵国のものではなかった。
時々、生存者とすれちがった。
彼らは軍服を身にまとい、ガスマスクをつけていた。死傷者、あるいは負傷者をせおって、町をさまよっていた。ひとりの兵士が避難地区へ移動するようにいったが、それ以外は、だれもふたりに関心をしめさなかった。ガスマスクで顔色はみえないが、全員から、絶望をかかえた虚無感がただよっていた。
星の崩壊を前にした生命がみせる、模範的な反応であった。
空太の家は焼け落ちていた。
黒く燃えつきた家の跡地に、汚れた、若草色の着物をきた、ひとりの少女がたおれていた。
ちいさな体に、灰がふりつもっていた。
息をのんだ空太だが、妹ではないとわかると、安堵した。
顔を確認する。火傷がひどかった。
胸元に手をあてた。かすかに振動している。
大丈夫か? と空太は声をかける。昔、妹と遊んでいた子に、すこし顔がにている。名前はしらない。
少女はうめき声をあげ、母の名をよんだ。
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