第19話

 一日休息を挟み、ペトラレインと空太は出発することにした。

 出発まえ、草介が木陰に空太をよびつけた。

 前日、草介は、死にゆく星に身を投じる空太を、愚かだと罵った。

 人々は、恐怖心にあおられ、暴徒と化す。

 そこに理念や常識は通用しない。

「だが、また会うことはできるさ」

「前向きだな」

「もちろん、生きているとはかぎらない。お葬式の準備はしておいてやる。たとえ、野蛮な兵士にみつかったとしても、あのメイドならオマエの骨くらいは、持ち帰れるだろう」

「君がこないのは意外だった」

「意外なものか。オマエのほうがおかしい。あの光景を目の当たりにして、わざわざ死地に足を運ぼうとするのだから」

「外の世界にいくなら、異電子乱流の森をとおることになる。そうすると、ペトラレイン様は異電子コンパスを使用するだろう。君が求めていたものだ。外の世界に逃げだすチャンスともいえた」

「オマエ、バカだな。アルベリアはペトラレインを護衛のためにつけるといったが、ボクには、囚人が抜け出さないよう、看守を見張りをつけているようにしかおもえなかった」草介は嘲笑し「今のボクでは彼女に歯が立たない……。いずれおとずれる、チャンスをうかがう」歯ぎしりをしながら、そういった。

 ペトラレインが空太をよんだ。

 ふたりは異電子乱流の森へ、出発した。


 森をしばらくすすむと、霧につつまれた。

 森の入り口の樹上には、山吹色の鳥たちが、はばたいていたが、きづけば灰色の鳥に、そして、いつのまにか、鋼鉄の鳥になっていた。

 空太は、迷子にならないよう、ペトラレインに手をひかれていた。

 彼女の手には、紫色の光を放つランタン。

 もう片方の手には、青白い光……異電子コンパスの光とおもわれるものがみえた。

 彼女の手には、ぬくもりがなかった。

 冷たさだけが、体を満たしていた。

 この、視界が不明瞭な霧のなかでは、彼女の手の冷たさだけが、道しるべであった。霧に長くいれば、疑心暗鬼にかられ、自分の所在をみうしなってしまう。空太は、前を歩くペトラレインの影を「幽鬼的なもの。人智をこえた生命体」と畏怖の念をもった。いつのまにか自分は、森で迷い、死神に手をひかれているのではないか、そんなイヤな空想が頭をよぎった。手を振り払いたい衝動にかられながらも、それでも、彼女についていくしかなかった。

 道にはおうおうにして、頭蓋骨が破砕した、人骨がみつかる。

「野良の邪行クロネコが、旅人、あるいは迷い人をくったのです。彼らは、空腹時、獲物に暴行を働くとされている。攻撃性が、過剰に向上するのです。頭蓋骨が割れているのは、ネコがくいつくために、岩や大樹にぶつけたから」

 ペトラレインが解説した。


 霧はやがて払われ、小型の竜がとぶ渓谷にでた。

 谷をみおろすと、森がひろがっている。

 森に黒い影がよこぎった。

 口になにかくわえている。

 空太は「ア」といった。

 邪行クロネコが竜の子どもをくわえていた。

 竜はすでにこと切れているようで、首が不自然な方向に折れていた。

「コトラは竜族の里からアルベリア様が拾った子でした」

 同じものをみとめたペトラレインがいった。

「その里は、竜と人が仲良く共存していました。ですが、帝国にすむ人々が資源を確保するために里に侵略しようとしたのです。里は竜を戦争の道具として利用しようとした。幼くして、戦場に駆り立てられそうになったコトラを、アルベリア様は不憫におもい、お城に招いたのです」

 道のさきから、鈴の音がきこえた。

 鈴をつけた邪行クロネコ、その上には商人が乗っている。邪行使である。クロネコの背におおきな幌が設置してあり、そのなかに物資をならべている。

 邪行使は猫を停め、地におりてきた。

 彼は拠点に物資を補給する邪行使ではなく、行商をおこなっているようだった。

 いるものはないか? とたずねられた。

 ペトラレインは硬貨をいくらか渡し、ランタンの油と干し肉、ネコ除けのお香を購入した。

「これを土産に持ちかえれば、アルベリア様によろこばれます。お城の備蓄が切れていましたから」お香を荷袋にいれながら、ペトラレインがほほ笑んだ。

 邪行使は、行き先についてふたりに尋ねた。

 ペトラレインが、数字の羅列と単語の組み合わせ(空太には解読できなかった)をこたえると、邪行使は苦い顔になった。

「あーぁ、あっこはもうだめだめ! もう時間の問題だね。いっても目新しいものはなにもないよ。文明も科学も、更地と焦土になってしまえば、全部ただの燃え屑さ」

 そこから、邪行使とペトラレインは、世間話をしていたが、彼女の所属する拠点の「ユーストラ公国」の名がでた途端、男は目に見えて狼狽した。

「じゃ、俺行くから」と手綱をたたき、クロネコを発進させた。

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