第18話

 アルベリアは草介に眠りのあいさつをしたあと、空太に渡したいものがあるから、あとで自室にくるよう、いった。

 ペトラレインとアルベリアがでていったあと、草介は、祈りの間にのこり、首のない仏像をなでていた。

 空太は彼の背中に声をかけた。

「……私たちは、アルベリア様を止めるべきなのだろうか」

「は?」草介はふりむいた。「どうして」

「私たちはあの星に育てられた。私たちの母と呼んでもよい。彼女を容認することは、母を見殺しにすることと同義ではないか」

「……べつにオマエの勝手だから、止めたきゃすきにすればいいとおもうよ。

 でもさ、それってじぶんの感情のにごりを解消したいだけだよな?

 世界では……つねにどこかで、命が崩壊している。

 床の間による平穏なものもあるだろう。

 だが、貧しい国の子が飢えに苦しみながら死ぬこともある。それこそ、戦火に晒された国の子がとらえられ、性暴力をふるわれ、みじめなあつかいを受けたあとに射殺されることもある。

 それは世界のどこかで確実におきている事象だ。

 だがボクたちは、すべての事象の観測を成しえずに、目に見える範囲、手の届く範囲だけを世界と線引きし、日々のうのうと生きているわけだ。

 で、ふだんはみてみぬふりをしているのに、いざテレビや三文雑誌なんかでそれをきくと『ヒドイ話だ! こんなヒドイことする奴ら、俺だったらぶっ殺してやる』と息巻き、まわりに愚痴垂れるヤツがいる。

 どーせなにもできないくせに。

 要するにこういうヤツは、自分の感情がにごったから、どうにかしてそれを浄化する手段を探し求めているにすぎないのさ。

 まるでガキだよな。

 じぶんが思うようにならなければ、ギャーギャー泣きながら、手当たり次第に八つ当たりする……そんなの、ワガママなガキとかわらない。

 そう、アルベリアのように」

「私も本気で止めようとおもったわけではない。そうする方がただしい人間のふるまいなのか、と疑念をもっただけだ」

「ほう? そうか」

「アルベリア様も、君のいうようなワガママだと?」

 草介は仏像をふたたびなでながら「オマエは、なぜこの仏像様の頭は、欠損しているのだとおもう」ときいた。

 指先で首断面をなぞっていく。

「切れ味のよい刃物でスッパリ……ってかんじの断面ではねーよな。これは、おおきな力で、むりやり頭をつぶされたのだ。岩やハンマーでたたきつぶした……そんなかんじかな。理性よりも感情による力がうかがえる。

 昔、似たようなおもちゃをみたことがある。公園の砂場におちていた、戦隊もののフィギュアの頭は、子どもの乱暴によって、破損していた。……すぐちかくのベンチでは、持ち主の子どもが、親に怒られ、泣いていた。

 だけど、アルベリアは」

 草介は、そこで区切ると、外の音に耳をすませた。

 なにもきこえないことをたしかめると、一段と声をおとして、つづけた。

「怒ってくれる親がいない。

 ペトラレインは大人だが……。

 彼女は例外だろう。

 最初は、じぶんの罪をみつめるために、仏像を設置したのかもしれない。

 しかし……。

 アイツはきっと、仏像様にみつめられると、自分のワガママを咎められる想いに駆られたのだ。

 だから、目をあわせたくなくて、頭を破壊した。

 ボクはそう推察している。

 ボクは心理学者ではないから、推察の域は、でないけれど」

 空太がなにもいえずにいると「お姫様が待っているぞ? 早くいったらどうだ? ボクは眠いから、もう寝る」とあくびをしながら、寝床にもどっていった。

 

 


 アルベリアの部屋は、清掃の行き届いた美しい部屋であった。

 透明なガラステーブルがある。

 その上に薬の入ったカゴがある。

 それからもうひとつ……テーブルの上には、顕微鏡によくにた、黒色の機械がおいてあった。

 レンズがついており、その先端から黒い光が放たれている。その光は一か所にあつまり、球体になっていた。

 光……によくにていたが、質感をともなっているようだ。時々、筋肉が痙攣をひきおこすように、不規則に脈動した。

 空太がその異様な光景に目をうばわれていると、アルベリアは、花束をどこからかとりだした。

 白夢華はくむかで構成された花束であった。

「ペトラレインを花摘みをお願いし、採取させました」アルベリアは花束を空太にわたした。

 白夢華。

 臨死と輪廻の空間の狭間に咲いているとされる白い花で、アルベリアは時々、祈りをつげる星にでむき、献花するのだという。

「私の分も、星に慰めのことばを与えてください。星は、不安でおびえています」

 アルベリアは、空太の目をジッとみた。心労のためか、目はにごり、涙をたたえているようにみえる。

「こんなこときくのは、こわいのですけれど」

「はい?」

「空太……帰ってきてくれますよね?」

「……もちろんです」


 君が石神 優里であるなら、君のすんでいた星を、崩壊させることになる。

 君は、自分がすんでいた星を、壊すことができるのか。


 空太はそういいたかった。 

 だが、空太はきくことができなかった。

 弔い酒を飲みましょう。とアルベリアはいった。

 冷蔵庫から、氷と、ワインをとりだした。

 山ブドウで醸造されたワインだというが、血のような赤色である。彼女がビンをふるごとに、粘性をともなって、波打った。

 子どもはお酒を飲んではいけないと空太はたしなめたが、アルベリアは、子ども扱いするなと頬をふくらませた。

 ふたつのグラスにお酒をそそぎ、ふたりはしずかに乾杯をした。


 夜がふけてきて、朝陽がかすかにみえかくれしている。

 その酒には、やはり、主成分のブドウ以外に、子どもの体に、不適切な成分がふくまれているようだ……、お酒を飲むと、アルベリアは泣いた。

「なぜ、泣くのですか?」

 アルベリアは、首をふった。

 手に入れたかったまぼろしが、目のまえをかすめるのだという。(まぼろしの内容について、彼女は閉口し、空太の追求から逃げるように、グラスに口をつけた)

 フクロウがちかくの樹で鳴いている。

 アルベリアは、空太に眠るよういった。

 空太は、あなたが悪夢にとらわれないよう、今宵は朝までいっしょにいたい、といい、彼女に水を飲ませた。アルベリアは一度、席をはずし、胃の中身を吐きにいった。もどってくると、涙でぬれた目をぬぐいながら、アルベリアはベッドに入った。

 それなら、お話をしてください。

 おもしろくなくてもかまいません。

 空太のつくったお話をききたいのです。

 毛布をかぶりながら、アルベリアはいった。

 しばらく空想の話をしていると、アルベリアのまぶたは、重たくなりだした。

「ねぇ……」寝ぼけ眼で、アルベリアは空太にたずねた。「空太は……まだ、妹にあいたいの?」

 空太はすこしの合間沈黙し、やがてうなずいた。

「そう」

 アルベリアはほほえむと、眠りについた。

 彼女の寝顔は非常に愛らしいものだった。

 寝言をつぶやいている。

 よくきけばそれは、毎日の祈りのことばであった。

 どんな星の崩壊を望んでいるのだろうか。

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