第17話

 花飾りの座椅子の上で、アルベリアは足をくみ、物憂げな表情をうかべていた。

 空太の顔をみるなり「子どもたちは寝ましたか」とたずねた。「ゆうぎ会は台無しになってしまった。私のせいです」

 空太は自分たちの出し物に問題があったことを詫びた。

 アルベリアはひきつった笑みをうかべた。

「な、なにをいっているのですか……。あなた方の余興は、大変ユニークでしたよ。ねぇ、ペトラ……」とペトラレインにあいづちをもとめたが、彼女は返答に窮しているようで、困惑していた。

 コホンと咳ばらいをし、アルベリアは、最近眠れていないと告げた。

 目をつむると、みたくないものが、アルベリアを苦しめていく。

 悪夢であった。

 自らの肉体が、塵になるまぼろしに追われ、お姫様はくらやみにおびえた。

 悪夢はお姫様のうつつを、おびやかした。

 目を開いていても、強烈なフラッシュが、脳内を襲う。

 アルベリアはゆうぎ会のさなか、ひとつの星の、破滅の痛みにふるえた金切り声をきき、傷つきよごれてゆく光景をみた。

「私はおふたりに謝らなくてはいけません」

 そう前置きをし、アルベリアは、両掌をくみあわせ、大窓から世界をのぞきみるための呪文を唱え始めた。

 しばらくすると大窓がかがやきはじめ、アルベリアのみた悪夢がうつしだされた。

 黒く焼け焦げた地面に大量の人の死体がころがっている。

 建物と山の緑は焼け落ち、河は真っ黒によごれている。

 空にまで火の手はのぼり、にごったオレンジ色になった。戦闘機が爆弾を落とし、銃弾を発射している。映像はつぎつぎに切りかわり、そのつど、人が死んでいく。

「これは空太と草介がいた世界の映像です。

 ひとつの大国が、大量の死人の出る、強火力爆弾をあなたたちの国土に落としました。爆弾には、人の細胞を破壊する物質が、ふんだんにふくまれていました。その爆弾はあまりにも強力で、三日ほど、世界でとびかえば、破滅にむかうだろうと化学者は推察している。そのため、放つことは、暗黙の了解でタブーとされていたのですが、大国の総統は、暗殺の恐怖、それから、老衰による脳の衰えによって、精神錯乱に陥っていたときいています。そのため、禁忌のスイッチに手をかけた」

 爆弾の汚染物質のつまった灰が、空からふっている。黒くよごれているが、子どもに踏みあらされてよごれた、汚い雪にもみえた。

「あなたたちの国は『国民総動員』で無謀な特攻をしかけ、大国に反攻の意志をしめしました。世界各国は、大国の凶行と、あなたたちの国の飛び火をおそれた。せき止められたダムが一度決壊してしまえば、もう止めることはできない。タガが外れたように、他国に攻撃を始め、資材の確保を図った。そして、危ないミサイルが、空を飛びかい、汚されていった。

 世界は黒色に焼き尽くされ、次に灰色の埋めなおされようしている」

 空太はみずからを育ててくれた、母のことをおもいうかべた。

「どのくらいの人が亡くなったのですか」

「生きている人を探す方が困難でしょう。調査レポートによると、国民の九割は死に絶えたと報告するものもあります」

「もう、私の母上も亡くなったとかんがえたほうがよいのですね」

 アルベリアはうなずいた。「ごめんなさい。私がもっと早くにこの星の異変に気づければ、死に目の邂逅を計らうこともできたのに」すこしの間のあと「私は、あなた方の星に『祈り』を執行する予定です」と告げた。

「あなた方は子どもたちとはちがい、分別のある年齢です。とくに草介は、いつもかくれて、この部屋で他の星をみているようですし……。星が、燃え尽きていく様を、なんどもみてきたでしょう?」

 ここもやがて、苦しみながら、燃え尽きるでしょう。

 それならば、私たちは祈る必要がある。

 アルベリアは事務的にいった。

 ずっと、壁にもたれ、目をとじ、だまってきいていた草介であったが、唐突に、目を開いた。

「アルベリア。ボクとコイツをここに呼んだ理由はなんだ? 止めてほしいのか? あるいはボクが『それだけは勘弁してくれ。ここはボクたちの母星なんだ』と泣きつく様でもみたかったのか」草介が、腕をくんだままいった。ペトラレインが言葉づかいをたしなめるが、アルベリアが手で制し、つづけた。

「私は、あなた方が望むなら、星に別れを告げるため、一度だけ、もどる権利を与えたいと思います」

「なに?」草介はうたがいのまなざしをむけた。「……だが、ボクたちは異電子乱流の森を越えることができないはずだ」

「ペトラを……護衛兼道案内の役目でいっしょに行かせる予定です。先ほど、彼女と話をして合意をえました」

 アルベリアはそこまでいうと沈黙し、意志の行方をくみとるために、ふたりの顔を交互にみつめた。

 空太は「いきます」とつぶやいた。

 アルベリアはうなずき、草介のほうをみた。

 草介は腕をくんだまま、宙をみている。蝋燭の火が、子どもたちの影を天井にひきのばし、ゆらゆらゆれている。

「ボクはいかない。ボクはあの星は嫌いなんだ。父上も母上も、この崇高なボクという存在を前にしては、役不足だ。だから、捨てた。親を捨てて、運命を捨てて、ボクは逃げてきたのだ。今更善人面するつもりはない。それから」

 草介は、空太とペトラレインの不在時、男手の不足を指摘した。

 邪行クロネコ襲来にそなえた夜警も近々行われる。

「アルベリアがわざわざ注視していた星だ……。思い入れが強い星なら、オマエは、オマエ自身で先にうかがうはず。それをしないのは」そういって、アルベリアをにらみつける。「このお城を守るためだろ。オマエは夜警の時、ほかのガキどものかわりに、無理を働く予定だろ……」

 図星をつかれたのか、アルベリアは、きゅうとくちびるをかみしめた。

 草介は、小ばかにしたように笑った。

「気にするな、寝てろ。オマエが、自身をお姫様だと主張するなら、悪夢におびえながら、目をつむって、朝陽をまてばいい」

「キサマ、前回の夜警の時は、倉庫でコッソリ仮眠していたくせに!」とペトラレインが憤慨していたが、またしてもアルベリアが手で制した。

「草介」アルベリアは眉ひとつうごかさずに「私は、あなたが、だれよりもやさしい人だとしっている」といった。

「ボクはやさしくなんかない。オマエはやさしさの意味を一度さぐってきたほうがよい。アイリークのもつ子供用の辞典にも、意味がのっている。うわさによれば、流れ星の主成分はやさしさだときいた」

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