第15話

「草介。君は先ほど……、世界を移動するといっていたな。アイリークがさみしがる。彼女は、君のことを好いているのに」

「ボクは幼児には興味ない。それに、アイツは愛想がよく、ボクのために泣いてくれる子だ。酒場の裏路地で寝こんでいた酔っ払いがいっていたが、女は、夜に泣かないものを選べときいた。ベッドの上で嬌声をあげる者を選べと」

 幽王星の旗は、しずかにゆれていた。今でも主を待ちつづけているように。

「オマエもいっしょにいきたいのか? しょうがない、召使として雇ってやる」

「私は遠慮しておこう。妹をさがしている」

「妹がいたのか」

 空太は、妹をさがすため異電子乱流の空間に迷いこんだこと、お城の庭先で妹の鞠をみつけたこと、そして、妹が空間に適性があることをしり、お城におとずれる日を待ちつづけていることを告げた。

「ナマケモノ癖がアルベリアから伝染しているな」

「私の力では、森を抜けられないのだから、しかたがない。君こそ、森をまよわずに通行する算段を立てているのか」

「脳ミソ筋肉メイドから、コンパスを奪いとる。使い方の手引きのようなものは、倉庫におちていた。もう解読はすんでいる。あとは奪いとるだけだ」

「奪いとるって……」

「ボクは異電子コンパスと呼んでいるが、あれはかなり高価なものだ……。ボクたち召使では、購入することはできない。だが、看守でもあるあのメイドに、貸してくれといってもゆずってはくれないだろう」

 草介はペトラレインの隙をみて、コンパスを奪取する予定だった。

 だが、その隙がなかった。

「オマエは、脳ミソ筋肉メイドが眠っているところをみたところがあるか」

「いいや」空太は首をふった。お城に初めて来た日の深夜、彼はこっそり抜け出そうとし、起きていたペトラレインに止められた。「そういえばみたことがない。いったい、あの方はいつ眠っているのか」

「以前にも、深夜、邪行クロネコが城の領域を侵すことがあった。その時は夜警をおこない、男連中が交代で番をとっていたが、アイツはずーっと起きて、ボクたちの指揮をとっていた」


 夜警の子どもたちの役目は、ペトラレインの暇つぶしに、話し相手になることだった。彼女は子どもたちのためにあまりおいしくないパイをつくった。つねに猟銃をもっていた。クロネコはお城に手をださなかったから、発砲することはなかった。しずかに夜が明け、朝陽とともに当番は眠った。


 でも、ペトラレインは眠らない。

 お城にいつく、たったひとりの大人、ペトラレイン。

 彼女が休んでいるすがたを、子どもたちはみたことがなかった。

 マグロのように、うごきながら寝ているんじゃない? とだれかがいった。


 そして、草介はつぶやいた。


「ペトラレインからコンパスを奪う作業は、命がけになるかもしれない」


 命がけ?


「たしかに、ペトラレイン様の筋力は異常だが、命までとられることはない」

「そういう意味ではない。掛け金は、ボクの心臓、という意味だ」

 草介は空太のほうにむきなおった。

 粘土のように、血の気のない表情をしている。


 小さな声で、草介は話し始めた。


 —―ボクはその光景をみた時、夢であってくれたとおもった。

 —―ボクは彼女をおいかけた。

 —―魔霧のなかへ、彼女の黒い影は、溶けていった。

 —―まるで、魔女のようだった。幽鬼的な彼女のうしろすがたをみれば、中世でなぜ魔女狩りが横行したのか、ボクには理解できた。

 —―月が青く光る夜だった。




「……簡単にしんじることはできないよ、そんな話」

「べつにいい。さぁ、帰ろう」


 あたりは夕闇につつまれていた。

 帰るために、草介が腰にまかれたロープを手にした時だった。

 ザ……と土をふむ音がきこえた。

 霧にまぎれて、ふたりはきづかなかったが、オレンジ色のランプの灯りが、すぐちかくにあった。

「森に入ってはいけないと、あれほど忠告していたのに」

「……ペトラレイン様。どうして」

 ペトラレインが、ふたりのすぐそばに立っていた。ランプをもっていない方の手には、キノコの入ったバスケットがあった。

「お城の二階から、あなた方が小川を渡っていくのがみえたものですから……コッソリあとをつけてきたの。それから……ついでにキノコも」ペトラレインは微笑をうかべ、バスケットをかかげてみせた。

「いつからそこにいたのですか?」

「さぁ? いつでしょう……?」

 空太はチラリと草介をのぞきみた。彼は、腕をくみ、うつむいている。しかたなく空太が応じることにした。

「ゴメンナサイ。道にまよったついでに、星の見学をしていました」

「この星はもう、眠っているではありませんか」ペトラレインは、生命のいぶきがないものは、ガラクタであると説いた。それはそれは、さみしげな表情であった。

「私はやさしいので、今回だけは許してあげます。そのかわり、今度の薪運びの当番の時、おふたりがかわってくださいね。さぁアルベリア様が心配しますから、早く帰りましょう」ペトラレインはそういって、ふたりを先導した。

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