第13話

 大樹の根元に腰をおろした。

 草介は人差し指で土をいじった。

 星を描いていた。

 鳥の鳴き声と水の音がきこえた。

 大樹のすぐ横に、膝丈程の深さの川があった。

 トンボが水面をつついていた。

「この川のむこうが森だ。白い靄がみえるだろ」

 川のむこう側には木が群生していた。

 うすく白い靄がかかっていて奥が見透せない。

「あれか」

 ペトラレインのいっていた『魔霧』がひろがっている。

 ふしぎなことだが、理屈ではいいあらわせない不安が、しのびよっている。

 草介はンーと一回、伸びをしたあと「あのお城は楽園だとおもうか。それとも監獄だとおもうか」といった。


「……監獄、だと」


 楽園。

 そのことばの意味することは、すぐに理解がいった。

 お城にいれば、空太は、もう戦の火に晒されることがない。

 歳はちがうが、それでも同年代の子があつまっている。孤独に悩むこともない。

 贅沢な食べ物を望まなければ、食事に困ることもない。

 それどころか、草介のいうことが真実なら、食事は不必要なのだという。

 毎日、簡単なしごとをするが、苦痛を感じるものではない。自由な時間が多い。食物のための労役も兵役も不要であるから、永遠の自由を謳歌できる。

 永遠。

 もしかしたら、この空間は、死をも超越しているのかもしれない。

 もちろん、自分が生きていれば、の話だが。

「……」だが空太の手には、血の脈動がある。胸に手をあてれば、心臓の鼓動をかんじる。ここちのよいぬくもり。最初は抜け出すことを企てていた空太だが、今ではそのぬくもりにしずみかけていた。


「それはあんまりの物言いだろう。アルベリア様がきくと、哀しまれる」

「この小川のむこうをみろ……」草介は川をゆびさした。「人を狂わせ、破壊する、霧がかかっている。オマエはしらないだろうが、あのお城を中心にして、東西南北、どこにむかおうとも、この霧が進行を邪魔をする」

「……それが、檻だとでも」

 草介は「監獄であるなら、ボクたちは、囚人だ。囚人にはしごとがあるはずだ」と虚空を、空っぽの瞳でみつめ、いった。

「アァ、私たちは、芋を運び、荷物を整理し、仏像を掃除している。しごとだな。だがそれは、どの国の国民にもあてはまる、義務でもある。囚人だけの話ではない」

「……オマエは、死刑囚が、いかにして殺害されるか、しっているか」

「ガス室に閉じこめられるときいた」

「それは保健所と、とある巨大陸国が虐殺に用いた方法だな。安楽死のための手段というが、ガスに満たされれば酸欠におちいるため、苦痛をともなうだろうな。ボクも実際をみたわけではないが、絞首刑が主なようだ。死刑囚は穴の空く床の上に首をくくられ立たされる。執行官がスイッチを押すとその穴が開き、死刑囚は重力に導かれ死に至る」

「妹はよく異国のマフラーをほしがった。だが、人生最後の首の巻物が、そんな粗末なものだとさみしがるだろう。それならば私は、妹の首を私の手のひらでつつみこむことをえらぶ。別れの時ならなおさらだ」

「ここで大事なのは、執行官は複数人いるということだ。執行のスイッチはそれぞれの執行官の手にあるわけだが……誰のスイッチが反応して穴が開くか、わからない仕組みになっている」

「ふーん。趣味が悪いな。人の生き死にで運試しをしようというのか」

「逆さ。皆、自分の手で人を殺したとおもいたくないんだ。だから、誰のスイッチが反応したのか、ぼかしている」

「……」

「……にているとおもわないか」

 空太はだまった。

「そう。アルベリアが星破壊に用いている方法だよ。

 祈りという、体裁のよいことばで、己の罪を隠している、処刑行為。

 星は罪を犯した罪人だ。流星は処刑に用いられるギロチンといったところか。

 こうは考えられないか? 気丈にふるまっているお姫様だが、それでも、大量虐殺の実行者となるのは怖かった。だから彼女は、仲間と言う名の甘言でこどもをひきよせ、共犯者として、星を、人を破壊することにした」

「……妄想の域をでない。君の精神状態が不安になる、非常に危険な妄想だ」

「ボクたちは……お城に集められた、国の住民なんかではない。彼女の共犯者の汚名を背負うため、監獄に呼びこまれた、囚人なのだ……。最近、この思考から逃げられなくなっている。もちろん、物理的にも」


 逃げられないボクらは、ネズミ捕りに捕獲された、ネズミではないか。


 草介は、ひとりごとのようにいった。

 その目は、どこか遠くをみていた。

 空太は、その瞳をみて、冬に咲いた、白い花の花弁が、凍てつき、首を垂れていたすがたをおもいだした。


 だが、ボクはネズミのままで、終わる存在ではない。


 草介はそういうと、大樹の陰から太いロープをとりだした。

「まて、はやまるな」自死を試みるのだと空太は判断し、草介を止めにかかったが、草介は「ボクの手にふれるな」とふりはらった。

 大樹の幹にロープをくくりつけた。


「オマエもくるといい。小川をわたる」

 

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