第12話

 空太と草介は、お城のちかくのちいさな小藪を歩いていた。

 アルベリアは連日の祈りで霊力が不足していた。

 ふたりは霊力を内包したコテツの実をさがしていた。

 コテツの実は、魔霧に浸蝕された幻鳥が、夕陽に霧散し、その残滓によって、精製された固体であった。

 アルベリアは、実を溶かし、お酒に混入して服用する。

 玄関をでる前、ペトラレインに、木の実用のちいさな皮袋をわたされた。

「小川のむこうにいってはなりません。邪行クロネコもそうですが……魔霧にとらわれてしまえば、悠久の魂の牢獄に迷いこむかもしれません」

 ペトラレインは忠告した。

「イヤ……そんなに危険な場所なら、私ではなく、ペトラレイン様がいったほうがよいのでは。あなたは、異電子乱流をわたるための、コンパスのようなものをもっているのでしょう」

「私はお城の二階で灯光を焚く使命があります……けっして、アルベリア様の下着を物色するから、お城からでたくない……なんてことはありません」

 お城の方角がわからなくなったら、その光をたよりにもどればよい。


「クロネコもどうやら脳ミソの質を嗅ぎ分ける術があるらしい」

 道中、草介はいった。先日、空太が邪行クロネコと遭遇したことは、お城の間で話題になっていた。

「ボクもクロネコになったら、オマエの脳ミソはくわないよ。バイ菌の多そうな脳ミソだ。食中毒になったら大変だ」

「私には強気な発言が多いが、ペトラレイン様にはペコペコしているんだな、君は」

「クソッ……あの忌々しい脳ミソ筋肉メイドめ。こんな雑用をボクにやらせるとは」

「たとえばの話だが……ペトラレイン様の脳ミソを邪行クロネコにあたえたとして……食えるだろうか? きっと鉄板並みに硬いにちがいない」

 歩きながら、空太は、先日アルベリアの描いたウサギの絵の話をした。

「私の友達の描いた絵とそっくりなのだ」

 もしかしたら、アルベリアは石神 優里なのではないか?

「君とは初等教育の時、べつの学び舎であった」空太は石神 優里について草介にきかせた。

「だが、アルベリア様は白髪で、しかも私が最後にみた時から、成長の兆しがみえない。やはり別人なのだろうか」

「フン……オマエ、あの髪が天然の白さだとでもおもっているのか? ボクは本物の髪の美しさをしっている。あのお姫様の髪色は……とても汚いものだ」

 草介は時より、邪行使から、不要になった雑誌をゆずりうけていた。

 海のむこうの女性の写真が掲載されていた。

 とおい世界線の竜族の娘が、打ち首にされた写真もみた。

 彼女たちがもつ天然の白髪は、陽光にきらめく、くすみのない白であった。

 草介は、むずかしいことばでつづられた、医学書もよんでいた。

「ボクはその医学書で、アルベリアとにた髪質の女性をみたことがある。あれは、過度なストレスをうけた時に生じる、人体の防衛反応だ……。オマエはアルベリアが月光浴をしているすがたをみたことがあるか? ガキどもは、アイツを綺麗な花のようだというが、ボクからすれば、よごれたキノコのようだ……」

「過度な、ストレス……」

「そうたとえば」草介は空をみあげた。樹木の枝が繁茂する頭上の先に、青色の空がひろがる。

「戦争被害で、親が死んだ……とか、死の恐怖に直面した、とか」

 風が草介の前髪をなでている。

「体の成長がみられない。そういったが」草介は、空気をつかみとるように、手を空にかかげた。

 草介は、この異電子乱流の空間は、時のながれが歪んでいる、といった。

「どういうことだ」

「オマエ。あのお城にきて、排泄をしたか」

 突然の問いに、空太はすこしの間かたまったが、やがて首をふった。

「ボクもだ……。食べ物をくっても、胃に滞留している気配がない。夜になれば、空っぽになる」

 草介はほかにも、爪や髪がのびないこと、性欲が湧かないこと、気分のうきしずみがなく、つねに凪ぎ、おだやかであることを列挙した。

「つまり……体が時の流れをうけていないのだ」

「時が止まっている……ということか」

「ボクは何日かの間、食事をとらずにいたことがある。そしたらどうだ? まったく空腹をかんじなかった」

「……」空太にもおもいあたる節があった。食事の時、空太は腹もへっていないのに、まわりにあわせていた。

「……食事なんて、この場所では必要ないんだ。だけど、口がさみしいから、もしくは、暇つぶしの一環として、あるいは……人のふりをするため、食事の儀を執り行っているにすぎない」

「人のふりだと?」

 この異電子乱流の空間は、時と体の促進が止まっている。

 それが草介の結論であった。

「……ボクは時々おもうんだ。体の成長と代謝がとまり、永遠にとまった時のなかでうごめくボクらは……生き物なのだろうか? それこそ、ボクたちは死んでいて、この空間は、じつは『あの世』ではないか」

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