第11話
「まぁ……」チェスの駒を修復していると、二階からアルベリアがおりてきて、空太のとなりのイスに座った。
「モンスターチョコ※1とまちがえてたべてしまったのですか? ほんと、空太は食い意地がはっていますね」そんなことをいいながらクスクス笑う。
これはペトラレインが破壊したのだと、空太は切にうったえた。
対局をしていたが、彼女は幾度も敗北し、駒を破壊したあとは、どこかへいってしまったのだ……。
「あの方はゲームに負けると、こうして玩具を破壊するくせがあります。一見、美しく清らかな女性にみえますが、彼女の腕力はとても強い。アルベリア様からビシッとお灸をおそえください。私はスッカリなめられています」
「まぁ」アルベリアの目は鋭くなった。一瞬、ペトラレインに幻滅したのかと空太はおもったが「空太はひどいことをいうのね。ペトラがそんなことするわけないじゃない。あの子はね、ティーカップよりも重いものをもつと、翌日筋肉痛になるほどに、か弱い淑女だというのに……」
「……」
ペトラレインはカチューシャを美しく着飾る術に長けている。そして、主のまえで猫をうまくかぶることも得意なようだ。
そのあと、ふたりは接着剤でチェスの駒を直し、なんどか対局した。
かたづけのタイミングで、空太はアルベリアにコトラの話を切りだした。
その名前をきいた瞬間、アルベリアの顔がくもった。
「
アルベリアはため息をつくと、ポツポツと話し始めた。
「やんちゃな子でした……。ペトラが狩りにいく時、彼はつきそいで、肉がいっぱいに入ったカゴを、ひょいともちあげてしまうほどに、力があり余っていました。正義心が強い、といえばきこえが良いですか、自身の力の誇示のため、他の男の子に喧嘩をしかけていました。竜と人の血が混ざった子でした」
コトラは力を発散する場所をさがしていた。
お城は彼にはちいさすぎた。
そこから先の話は、ペトラレインから聞いたとおりだ。
コトラは、森に入り、すがたをけした。
彼を最後に目撃したのは、ペトラレインであった。
「ペトラがいうには、コトラはタヌキを追って、木々のおくのほうへといったようです。彼の狩猟は、食用のためではありません。じぶんの闘争本能をみたすための遊戯……でした。だから、罰として、化かしにあったのか……もしくは」
「邪行クロネコ?」
「空太、あなたも、昨夜あったようですね。ケガがなくてよかった。ネコ除けのお香の配達には、まだ時間がかかるのです。もしかしたら、夜警のシフトをくむことになるかもしれません」
「アルベリア様が……以前お描きになった絵とは、あまり、似ていませんでした」
「ひどい!」
「コトラは、生きているでしょうか」
アルベリアは「わ、わたくしの絵の実力をみせてさしあげます!」と涙目で頬をふくらませ、いくつかの動物の絵を描いた。
どの絵も綿あめがころがっているようにしかみえなかった。
だけど、その動物の群れのなかでひとつ、空太の目をひいたものがあった。
「このウサギ……」
ウサギの描かれた絵を手にとると、アルベリアはうれしそうにほほ笑んだ。
「そう。私、ウサギの絵が一番得意なのです」
そのウサギを、空太はみたことがあった。
初等教育の学び舎。濁ってしまった夕陽に、しずむ教室。虚無な瞳で、ランドセルをせおう少女。
昔、石神 優里の描いたウサギとそっくりであった。
「アルベリア様、このウサギは、皆、ういていますね。おちついてください、ウサギは、空を飛びますか?」
「人は翼をもっていないけれど、それでも欲望を糧に蒼穹に羽ばたいたわ」アルベリアは、飛行機のことをいっている。空太は合点がいった。「でも、欲望製の翼は、もろく、かんたんに形をかえる。鉄の翼になった。タンポポの綿毛は、種の存続を象徴した翼……いわば希望の運び手のようだわ。それに比較して鉄の羽は、破壊と殺戮の種を運ぶために駆動している。人は翼を手に入れるべきではなかった」
「……ウサギに、飛行機を作る力はありません。では、質問を変えてみましょう。このウサギたちは、どこをめざしているのですか?」
「どこ……って」アルベリアの目に困惑がうかんだ。「……どこでしょう? 不時着……、夢遊病……、あるいは、星の引力に導かれている可能性もあります」
「ウサギたちは」画用紙の上部には、意図的か、あるいは無意識か不明だが、球体が描かれている。空太はそれを指さした。「……月をめざしているのではありませんか? もう、私たちの星は、汚れてしまったから。自分たちにふさわしい住みかをみつけるために」
アルベリアは目を丸くした。しばらくのあいだ、空太の目をみつめた。
さみしそうに、自虐的な笑みをうかべ「……それも、あなたのお友達がいっていたの?」といった。
空太はなにをいえばいいのかわからず、黙った。無言の時間がすぎていく。
「ねぇ空太」沈黙を打ち破ったのは、アルベリアであった。「人類が空を飛ぶ夢を叶えるなら、気球にとどめておけばよかったとおもいませんか」
「は?」
「ウサギの……顔。そして、耳を羽にみたてた、かわいい気球作るのです。気球のなかに、武器は多く詰めこめないでしょう? 落ちちゃうもの。動力源は……」
「……アルベリア様」空太は、アルベリアの目を、ジッとみた。「ずっと聞きたかったのですが、アルベリア様は祈りの時、なにを祈っているのですか」
「なにって」アルベリアは瞳をキョトンとさせ、「世界平和です」といった。
※1 モンスターチョコとは、当時販売されていたチョコレートだ……。恐竜や怪獣などがチョコレートのかたちになっている。夏の日差しが強い日、たべることなく溶かしてしまうと、夜中、枕元に怨霊となってあらわれ、頭を食いちぎってしまうという都市伝説がながれていた。余談だが、筆者はこのチョコをテーマにした短編小説を夏に書こうとしたが、話の結末がおもいつかず、断念したようだ……。
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