第10話
祈りは毎夜つづいた。
そのたび、流星がおちた。
青い流星、赤い流星、黒い流星……。
それらは星に衝突し、破裂した。
あざやかな色を放ちながら、世界を壊していく。
草介の主張が正しければ、毎夜、どこかの世界線で、自分たちとにた境遇をいきる星たちが、ひとつ、崩壊していることになる。
「ガキどもはわかってねーとおもうぜ」ある日の祈りのあと、草介がいった。「アイツらは映画のワンシーンとでもおもっている。もしも理解できていたなら、お姫様お姫様って抱きつきにいけねーさ」
星が崩壊する時、人の死ぬすがたは映らない。まばゆい光が窓をおおい、星は、すぐにきえていく。
「不利益な真実を隠蔽することは、国を治める方にとって必要な技術だ。アルベリア様は、きちんと責務を全うしている。このお城の材質は、主にはやさしさで構成されていると、私はふんでいるのだが、あの方自身が、おやさしい方なのだ」
「やさしい……? オマエはバカか。顔色ひとつ変えることなく、大量の命をうばうやつの、どこにやさしさがある」
消滅する星には、共通点があった。
どの星も、時間が経てば破滅にいたるほどの、終焉の気配が蔓延していることだ。
ある星は、海が干上がり、水不足にあえいでいた。
ある星は、ひとりの子どもから強い毒性のある感染症がうまれ、子ども狩りを行っていた。だが、感染の歯止めがかからず、すべての生命体を死に至らしめようとしていた。
ある星は、雪によくにた、毒をふくむ灰が、大地をおおいつくしていた。紫色に変色した汚泥がころがっていたが、よくみれば、子どもの死体であった。
ある星は、未知の生命体が、人類を虐殺し、資源だけをうばって、破壊しようとしていた。
そして、とある星にはもう生命体すらいなかった。
過去に人類が残したとおもわれる建築物に、シンシンと雪がふりつもり、凍りついていた。太陽は灰色の雲に、おおいかくされている。たったひとり、強力な生命力をもった子どもが、生存者をもとめて、さまよっていた。アルベリアはその子のために祈った。
アルベリアは、終焉の星の息の根を止めるため、流れ星が落ちるよう、祈っている。
神のまねごと。
草介は、アルベリアの祈りを、そう評した。
星の崩壊の裁量権をにぎること。
それが、神のまねごとでなければ、なんになるのか。
空太は祈りのつど、アルベリアの表情をみていた。
しずかに目をつむり、手をあわせるアルベリア。
そこに、神の力への陶酔は、うかんでいなかった。
ただただ、無色で、虚無をかかえていた。
眠れない深夜には、天井の破損した個所から、月をみた。
遠くの木々のざわめきが、いっそうおおきくなった。
空太は耳をすませた。
大地がかすかにゆれている。
足音がする。重量の多い生き物の足音であった。それは、すこしずつ、この家に近づいていた。
部屋の気温が急激に冷えていった。
突如、やぶれた天井からみえた空が、漆黒につつまれた。
獣の唸り声をきいた。
漆黒はゆらりとうごき、金色の丸があらわれ、ギョロギョロと、うごめいた。その金色の丸が、動物の瞳だと認知した時、空太は、一匹の獣の名をおもいだした。
—―邪行クロネコ。
異電子乱流で朽ちた人間の、脳ミソを主食にして生きる、巨大なクロネコ。
漆黒はクロネコの体毛であった。
邪行クロネコが家のなかをさぐっていた。
空太は動悸の高まりをかんじた。今すぐにでも声をあげて、逃げだしたい衝動に駆られた。だが、獣に睨みつけられ、微動だにできなかった。
手のひらにぬくもりをかんじた。
隣に女の子……草介になつき、よくそのうしろをついている子が、空太の手をにぎっていた。空いた手の人差し指を自身の唇につけ、しずかにするよう、合図した。
にぎりしめられた空太の手に、いつのまにか、一枚の紙があった。
『このこはノラみたい。スズをつけていないもの。そうちゃんがいってた。くろねこさんは、おくびょうだから、もしもあったら、しずかにしているんだ、って。とくに、さんそのうど? がたかければ、こうふんしちゃう。しんこきゅうして』
わずかな月明りをたよりに読みきると、空太は深呼吸をした。
冷たい夜の空気が肺をみたした。
紙にはつづきがあった。
『コトラくんは、いいこじゃなかったら、たべられた』
「コトラくん?」空太はつぶやいた。
「以前までお城にいた子です」いつのまにかとなりにいたペトラレインが、小声でいった。「アイリーク、いってはならないといわれていたでしょう」と軽く少女の額をこづいた。「ある日、あそびにいったきり、帰ってこなかったのです。おそらく森にいったのでしょう。森を捜索していると、まだ新しい、クロネコの足跡をみつけました。あの森にはちかづいていはいけないと常々いいつけていたのですが」
空太は、画用紙に描かれた、目つきの悪い少年をおもいだした。
猫は喉を鳴らしている。
興奮しているのか、甘えているのか、おびえているのか、よくわからない。
「ネコ除けのお香の効能がうすまっているみたい」
ペトラレインは、猟銃をにぎりしめていた。
「それが、ペトラレイン様の枕ですか? ずいぶん寝心地が悪そうですね」
「撃ちますよ? 空太の脳ミソをネコにあたえれば、すぐにでも立ち去るでしょう。この子のいうとおり、敵意をみせなければ、牙をむきません。……空腹じゃなければ、の話ですが」
しばらく三人は、息を殺して、邪行クロネコの動向を見守った。
少女が空太の肩をかりて眠りについたころ、猫はふたたび、木々のなかへときえていった。
のちにきいたことだが、コトラという少年は素行の悪さが目立つ子だった。
竜の血がまざり、力が強かった。
闘争本能にも長けており、かつ、自分の力を誇示したかったため、他の子に暴力を行使した。
木々につどう昆虫や小動物を殺すことが、彼の暇つぶしであった。
よく癇癪を破裂させ、庭の鉢植えをバットで破壊した。
彼がお城にいた時は、つねに悪い雰囲気がただよっていたそうだ。
コトラがいなくなってから、このお城は、平穏が保たれている。
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