第9話
翌朝、朝食を終え、食器を片付けていると、アルベリアに声をかけられた。
「おはようございます、空太。枕はあいましたか」
「お姫様、おはようございます」草介をのぞく子どもたちは、彼女のことを「お姫様」と呼ぶ。空太もそれにならった。
「私とふたりの時は、アルベリアでかまいません。私より、あなたのほうが年上なのでしょうし」
「ですが……」
「私は昨日、夢をみました。……空太、あなたが、いなくなってしまう夢です」
「悪夢」アルベリアは昨夜、悪夢除けのカモミールティーを空太に勧めていた。「それが、アルベリア様のみる悪夢の正体ですか?」
「秘密」アルベリアは顔をそむけた。「空太、勝手にいなくなっては、いけません。でないと私、泣いてしまいます」
玄関戸は解放され、朝食を終えた子どもたちは、庭の畑で野菜を収穫している。
子どもたちの笑い声がきこえる。
空太も他の子どもたちとおなじ、白い修道服ににた服に袖をとおした。
この家の一員になった。そんな気がした。
空太はペトラレインの指示で、働くようになった。
畑でとれた芋を運び、小川でとれた魚を運び、裏の倉庫から米を運んだ。
倉庫には、邪行使から仕入れた品が雑多につまれていた。
朝の涼しい時間に整理した。
段ボールに入っていたのは、米、高級なワイン、缶詰、睡眠導入剤、調理器具、虫よけの薬、茶葉、使用用途のみえないガラクタ、銀色の粉の入ったビン、白い包装紙につつまれた肉類など。
暇をみつけると、空太は子どもたちに話しかけた。
子どもたちは空太を警戒していなかったから、すぐにうちとけた。
子どもたちはこの木造の家を『お城』とよんだ。
「お城……か。絵本でみるような、おおきな建物ではないが」
「でも、お姫様いるし。お姫様、とってもやさしいもん」
「なるほど……そこにつまれた画用紙の束は、紐でくくられているな。さながら、お姫様をたのしませるための絵本といったところか」部屋のすみに置いてあった、子どもたちの描いた絵の束を指さしながら、空太はいった。
「ウウン、画集だよ」
一枚、紐に綴じられていない紙が、机にほうられていた。
描かれているのは、この家につどう子どもたちであった。
アルベリアとペトラレインをふくめ、十人の人間が描かれている。空太は首をかしげた。埃のたまり具合からして、この絵は空太がおとずれるよりも前に描かれたものだ。それなら、空太を除いた、九人しかそこに描かれていないはずだ。
絵を観察すると、ひとりほど、見慣れない特徴の子どもがいた。
彼の頬には切り傷があり、目つきは悪く、そっぽをむいている。
鋭い八重歯がコミカルに描かれている。
その子についてたずねようとおもったが、子どもはどこかへ遊びにいっていた。
しごとがある程度かたづくと、ペトラレインは、草介のてつだいをするようにいった。その度草介をさがしたが、彼はいつも、どこかにかくれ、みつからなかった。
昼になると、まだ幼い子どもたちは、昼寝をした。
空太はペトラレインとボードゲームをしてすごした。(彼女は脳をつかうゲームが苦手のようだった。さらには、よく壊す。空太のしごとのひとつに、彼女が壊した、玩具の修復があった)
夜、眠りにつくまえに『祈りの間』に一同はあつまり、祈る。
毎晩、どこかの星が崩壊する映像が、大窓に映しだされる。
祈りがおわれば、子どもたちは、アルベリアに抱きつき、眠りの挨拶をする。
ある日の昼下がりのお昼寝の時間。
空太は、草介が『祈りの間』に入ってゆくところをみた。
ペトラレインは狩りにいっていた。昼時のアルベリアは、つねに、自室にこもって書物を読んでいる。暇をもてあました空太は、草介を追って『祈りの間』に入った。
「なんだ……オマエか」
草介は一瞬ふりむいたが、興味なさそうに、ふたたび大窓にむきなおった。
どこかの町並みが、窓に映しだされている。
貴族を乗せた馬車が道を走り、鍔のおおきな帽子をかぶった人々が歩いている。
「これはアルベリア様にしか扱えないのだとおもっていた」
「呪文は解読した」草介は手元にあった白い本を、かかげてみせた。それは、祈りの時、アルベリアがもっているものだった。「単純な文字の組み合わせ、それから数式だ。変数をかえれば、適応する世界線の映像をみることができる。複雑な発音のものもあるけれど、微調整すれば、まぁなんとかなる。天才のボクにかかれば、解読はたやすい」
「なにをいっている? この映像は、模造品、スクリーンマジック、もしくは幻、……ではないのか」
「オマエの脳ミソはお花畑だな……そんな腐った脳ミソ、邪行クロネコもくわねーさ。よかったな」
草介がいうには、この大窓にうつる光景は『
「ボクが国の国家権力をにぎる世界線、ボクが王様の世界線、ボクが天才軍師の世界線……この世界は、一本の線のようにみえて、幾多もの分岐点を通過している。この窓は、別の世界線を覗きみることができるのさ」
そして、アルベリアの祈りによって、夜、どこかの並行世界に、隕石が落ちる。
空太たちは毎夜、星の消滅を目の当たりにして、眠りについていた。
「君の話が本当だと仮定するなら」空太は、そのことばを吐きだすことに、ためらいをおぼえた。「彼女はお姫様なんかではない。……大量虐殺者ではないか」
「いいや……彼女は一国のお姫様でも、大量虐殺の暴君でもない。……神様のまねをしている、痛いヤツさ。つまらねーおままごとだとおもわないか」
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