第7話
部屋に子どもたちがあつまると、アルベリアは、今日一日のしあわせに感謝を、といった。祈りを開始する、この空室には神がご降臨なされている、私たちの汚れなき心からの祈りを望まれている、としずかな声でいった。
目をつむるよう指示した。(空太は彼女の奇行をうたがっていたため、目をあけていた)
そうすると、まぶたのうらがらのくらやみに、過去の過ちと、消したい罪がうかびあがると、しずかな声音で言いつけをうけた。
祈りはそれは浄化する……くらやみでそんな声がひびいた。
子供たちは目をつむり、手をあわせた。
子どもたちが祈りの姿勢を整えたのを確認すると、アルベリアは、もっていた、白い本をめくり、言語化できない、呪文のようなものをつぶやき始めた。
やがて、窓のまえにあった、首のない仏像が白色にかがやきだす。
うかびあがった。
子供たちは、目をつむったまま、「感謝のことば」を連呼している。
仏像の背後にある、部屋の正面いっぱいに満たされた、おおきな窓に、青色の光がひろがった。
空太はハときづいた。窓に映しだされているのは、昔、図書館の宇宙図鑑でみた、宇宙のすがたとにている。
そして、宇宙だと気づいた。
よごれなき青色の光であった。
その光は、にくしみも、いかりもない、きよらかでやわらかなものだった。
窓に映る光景は、きりかわる。
無声映画のように音はない。
アルベリアの声と、子供の声だけがきこえる。
無音の世界で、映像はきりかわりつづける。
白い病院で人間の赤子がうまれ、大人たちが祝福をしている。
どこかの泉では、トンボが水面をつついている。
雪がのこる山の草原で、牛がのんびり歩いている。
ローブをきた旅人は、どこかの古城で月を見あげている。
宝石類を大量に載せた海賊船は、嵐にのまれて深海にきえた。
空をとぶ巨大なカラスは、鉄塔にぶつかり、墜落した。
コンクリートでつくられたビルが、ミサイルをうけ、くずれおちてゆく。
ちいさな国は、おおきな国に、巨大な爆弾をおとされた。
どこかの町の広場で、焚火が煙をあげている。燃やされているのは、大量の死体。肌の具合から、よくない伝染病を患ったのだとわかる。
死人の山のなかを、水をもとめるため、あるいは親をさがすためか、足を壊死させた幼子が、うつむいて歩いている。
幼子は顔をあげた。
空は青い光でみたされた。
星のかたまりだった。
白く、弾けた。
窓は暗闇にもどった。
アルベリアの詠唱がおわると、子供たちは目をひらいた。
「おつかれさま。皆さん、今日もいい子でしたね」アルベリアは子供たちにほほえむと「夜です。眠りなさい」といった。
男の子と年長のものは、礼儀正しく眠りのあいさつをして退室した。まだちいさな子は「お姫様、おやすみなさい」とアルベリアの体に、いちど、ぎゅうとだきついた。アルベリアは「はい、おやすみ。いい夢をみなさい」と頭をなでて、部屋の外におくりだした。
「……空太、私も眠ります。くわしいおしごとの話は、また明日、いたしましょう。おやすみなさい、よい夢を」アルベリアはペトラレインに火の始末をするよう言づけて、部屋をでていった。
空太の横には、おない年ほどの男がひとり、いまだ残っていた。
前髪が長く、目元がかくれている。少年は、アルベリアがでていった方をみて、フンと鼻を鳴らした。
空太はいましがた起きた事象についてたずねようと、少年の顔をのぞきみた。
「……ム? 君は、まさか『臆病風の
草介は空太といっしょに中等教育をうけた子だった。
昨年、国より徴兵令をうけた。父親が愛国心に強く、我が息子を是非に、と推薦したようだった。
最初のほうは「国のお偉いさん方は、なかなか見る目があるようだ……天才軍師として天賦の才を授かったボクに目をつけるとは。いやはや、ボクが軍師となれば、こたびの戦は、ハエに殺虫剤を吹くかの如く、早急に終わるだろう」と強がっていたのだが、兵士としての招集と知ると、机につっぷして、幼児のように泣いた。
そして、いつのまにかいなくなっていた。
風のうわさでは、戦死したとも、臆病風にふかれ逃亡したとも。
「その名は捨てた。ここでのボクの名前は『疾風の
「……そうか。ちがうのか。すまない、昔、君によくにた級友がいたのだ。無礼をはたらき、まことに申し訳ない。ではこれにて」
「まてまてぃ! 人違いなわけないだろ? 同じ顔、同じ名前なんだから。フフン、オマエの名前はしらないけれど、たしかに昔、教室でみかけた気がするな。ボクはそれ相応の実力を持つものしか、弟子をとらない主義なのだが、まぁ同郷のなじみで、特別に君を舎弟としてあつかってやろう。サァ、ためしにいちど、かっこよくて、天才で、足の速い、天才軍師の草介様、とよんでみな」
空太はすでにリビングにもどり、ペトラレインから、寝具をうけとっていた。
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