第6話

 邪行じゃこうクロネコ。

 異電子乱流の空間に生息する、大型のネコ科の動物である。

 巨大な牙と爪で獲物の肉をかみきる。

 遠方の血の臭いをかぎとる、鋭い嗅覚、それから、夜目がきく。

 主には夜行性であるが、気性が不安定な時は、昼間にも活動する。

「とても巨大なネコです。ひとつの小型の民家と同等な大きさをもちます。お城の周囲にはネコ除けを施しているけれど、森のなかは危険です」

 彼らの好物は、人体……特に、脳ミソを好んでたべる。

 抗体をもつ人間でなくては、異電子乱流に耐え切れず、脳神経を焼き切られ、狂い死んでしまう。主には、迷いこみ息絶えた、狂人の脳ミソを食している。

 だが、はらぺこ時には、まだ生きている人間にも手をだす。

 彼らには知性があり、その手口は、殺戮をたのしんでいる趣旨がかいまみえる。

 そこまでペトラレインが説明したところで「まってください」と空太がとめた。

「おそらくなのですが……妹は、その……いでんぱラ」

「異電子乱流です」

「それです。異電子乱流に迷いこんだとみているのですが、それならもう」

 アルベリアは空太のいいたいことを理解し、妹の名を聞いた。空太が応じると、手帳を数ページほどめくり、ほほえんだ。

「御安心なさい。あなたの妹様も、抗体があるようです。遺伝的なものも関係あるときいていましたが、兄妹そろって、優秀な抗体をおもちのようですね。きっと、どこかで元気にしていますわ。……クロネコに襲われていなければ、だけど。アラ、そうだわ」

 アルベリアはペトラレインに、一枚、紙を用意させた。ペンをもち、ドレスの袖をめくりあげ、鼻を得意げにフンと鳴らした。

「私がかいてあげます」……しばらくしてかきあげたが、その絵をみて、空太は、空爆をうけて倒壊した街並みをおもいだした。「どうですか? かわいいでしょう? クロネコちゃん、人に飼われているものだと、ゴロゴロ喉を鳴らして、とても愛らしいのです」

「その危険なネコを手なづける者がいるのですか」

「ハイ。邪行使じゃこうしという方々です。私は知らないのですが、この空間には、人肉と似た味をもつ、人口肉を調合しているお城もあるそうです。そこより、肉を調達し、クロネコを調教する。彼らはクロネコの背に乗り、異電子乱流の空間を旅しています」

 邪行使は時に食料の運搬係をし、時に迷い人の救済、ならびに出口への運搬をおこなう。そして、手付金をもらって生活している。

「なるほど……それは、心強い」

 アルベリアはフフと一度笑ったあと、けわしい顔つきになった。

「ですが、野良の邪行クロネコは先ほどもいったとおり、危険です。実は……このお城からも」

「アルベリア様、そのことは、あまり口外しない方がよいでしょう」ペトラレインから制止をうけ、アルベリアは口をつぐんだ。

「ともかく、外は危険です。特に夜は。ここにいれば、死の危険はありません」

「しかし……」

「空太……、妹様が心配なお気持ちもわかりますが、しばらくここにいてくれませんか? これは、あくまでも確率の話ですが、この空間に迷いこむ者は、空太のように、お城から必要とされ、招集を受けたものがほとんどなのです。だからきっと、妹様もどこかのお城にいるんじゃないかしら?」

 空太はしばらくかんがえたあと、うなずいた。

 夜、くらやみにまぎれて抜け出す算段をたてた。

 森の異常性について道中に学んでいた。この家から使えそうな物を盗みだすつもりであった。

「私にまかせたい仕事とは?」

「大したことではありません。さきほどもいったように、力仕事をお願いしたいのです。屋外の物質を運ぶ時の荷物持ちとか、ペトラが狩った小型動物の荷物持ちとか、あと、仏像様を運んだりとか……水掃除の時のバケツ運びとか」

(荷物運びばかりだな……)

 家全体にひびきわたるほどの、おおきな鐘の音が、どこかで鳴った。

 空太は宙をみあげた。

 数回ほど鳴り、さきほどとおったリビングから、人の足音がちかづいてきた。

 アルベリアが立ちあがり、手を打った。

「夜の『祈りの時間』です。さぁ、空太もいっしょに、祈りをささげましょう」

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