第5話

「アルベリア様」空太が石神 優里について話し終えたタイミングで、ペトラレインがもどってきた。「お茶をおもちしました」トレーの上にはカップがふたつあった。

「これはカモミールティーです」

 白髪の少女—―アルベリアは、花のかざりが施された座椅子に、足をくみながら、座っていた。ペトラレインからカップをうけとり、一口ほど飲み、ほほえんだ。

「空太は悪夢をみますか? カモミールには、安眠作用があるの。

 夢は泉だとおっしゃる学者がいるわ。精神はつねに毒されてゆく一方だから、夢の世界で癒している……そういう定説。でも私にとっては、夢は毒液にしかならない。私のしらない場所を、しらない間に蝕んでくるのだから。

 時々、夢に魔獣があらわれて、私に牙をむいてくる。そのたびに私は夢うつつからよびもどされ、ペトラの手をにぎるはめになるの。

 このお茶を飲めば、すこしは楽になるわ」

「私の町は、戦火のただなかにあります。ですので、夜は警報の音と、銃火器の音におびえなくてはいけません。あなたのように、夜をおそれる感情は、わかります。ところで、石神さん……いえ、アルベリア様。あなたは、なぜ私の名前を存じているのですか」

「えぇ」アルベリアはポケットから、ちいさな手帳をとりだした。「異電子乱流いでんしらんりゅうへの抗体をもっている方は、すくない。このリストの中から、あなたを選び、みちびきました。ふしぎな、光景をみたでしょう。人それぞれみる景色はちがいますが、深淵につながる光景です。あなたは、蜜にたぐりよせられるミツバチのように、ここにきたのです」

「ミツバチ、かわいいですよね」空太は、道中のゆがんだ光景をおもいだし、うなずいた。「みちびかれたのですね……私は」

「空太」アルベリアは足をくみかえながら、すこしだけ、ほほえむ。行燈の灯にてらされ、その笑みはあやしくうきあがる。

「先ほどの……私に似ているという、少女の方ですが、あなたは……その少女に、あわれみ、をかんじているのですか」

「いえ……わかりません。ただ、幸せになってほしかったとはおもいます」

「でも私は、うまれてずっと、ユーストラ公国の、このお城にすんでいます」

「実のところ、自分の判断にうたがいをかけているところです」

 アルベリアは白髪であったが、石神 優里は黒髪であった。

 それから、二年の月日を経たにしては、彼女のすがたは、幼さをのこしている。

 空太がみた、最後の石神 優里の容姿から、なにひとつ成長していない。

「すみません。どうやら、他人の空似だったようです。私は彼女に幸せになってほしいと願った。だけど、彼女は亡くなった。どこかで生きていてほしい、という願いが、勘違いを生んだのかもしれない……」

 空太はしばらく目をふせた。まぼろしが、いまだに空太の脳に、爪をたてている。空太はそれをふりはらうように、しばらくうつむいていたが、やがて、顔をあげた。「ところで、私は妹をさがしにきたのです。妹のものとおもわれる、鞠は庭先でみつけたのですが……先ほど、大部屋にいた子どもをみましたが、妹はいませんでした……。あれで全員ですか」

「えぇ。我が国の国民は、あわせて七名です。ペトラと、私……それから空太もふくめれば、十人になりますね」

「エ……私も、国民なのですか」

「ハイ」アルベリアは年相応の愛らしい笑みをうかべた。「力仕事のできる、男の方をさがしていたの。それから、仏像様のお掃除のおしごとも……。一人ほど、空太と同い年の子がいるのですが、すこしひねくれものなの」

 空太は、石神 優里の笑った顔をみたことがなかった。もしも、彼女が笑えば、このように愛らしい顔になるのだろうか……。アルベリアのその笑みにみとれたが、すぐに首をふった。

「そんな……私は妹をさがしているのです。今すぐにでもここをでないと」

「外は危険です。異電子乱流のうずに迷いこめば、さまよい歩く、邪行じゃこうクロネコにみつかるおそれがあります。彼らの好物は、人の脳ミソです」

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