第4話

 教室ほどの広さのリビングに、子どもたちが七人、机を囲って座っていた。

 ノートや折り紙、画用紙、お皿等を机にひろげていた。

 折り鶴をおり、クマの絵を描き、サンドイッチをたべている。

 子どもたちはみな、修道服のような、白い服を着ている。

 天井には、一部、おおきな穴があいていた。

 そこから空がみえた。

 すこし欠けてしまった月がうかんでいる。

 子どもたちは、空太の方をちらりとみたが、すぐに手元の作業にもどった。

「妹様はいらっしゃいましたか?」

「いえ……」妹はいなかった。「この子たちは迷子かなにかですか?」

「彼らはアルベリア様が統治なされる、ユーストラ公国の民です」

「ユーストラ、公国」

 空太のきいたことのない国名であった。

「戦争に参加しているのか。私の国は、もう何年も前から、海のむこうから攻撃をうけているのです」

「この国には、戦争はありません。武器をもつこともありません。恒久的な平和のなかにいます」

「その国は、どこに?」

「ここです」クラーラは、部屋のほうに手をかざした。

「……この家が、国?」

「国であるとともに、アルベリア様の城でもあります」

 部屋のおくに襖があり、その先にもう一部屋あるようだった。


 そこは狭い畳の部屋だった。

 空気が凍りついている。

 行燈の灯しかない、闇の深い部屋だった。

 両脇には押入れ、入ってすぐ正面には、おおきな窓があった。

 幼児サイズの、木彫りの仏像が窓の前におかれている。

 首はない。断面の具合から、頭部は粉砕されたようだ。

 窓の外は暗闇におおわれていた。

 行燈のちいさな灯に、白い少女の影が、ぼんやりとうかびあがる。

 窓に片手をつけて、ひとりの……白髪はくはつの少女が立っている。

 手入れの行き届いた、美しい白いドレスを着ている。

 少女の手には本があった。小さな声でなにかつぶやいている。

「アルベリア様、お客様がお見えになりました」

「ありがとう、ペトラ」

 白髪の少女がゆっくりとふりむいた。

「ア……」

 少女の顔をみた瞬間、空太はひらめきをおぼえた。

「君は……石神さんではないか? 髪の色が、ちがうけれど。石神 優里ゆりさん。私とあなたは、初等教育の時、おなじ学び舎であった」

「……ハイ? あなた、だれかと勘違いをしているのではなくて?」




「石神 優里」は二年前の大空爆で亡くなったとされていた。

 おおきな爆弾が、彼女の家におち、すべてがふきとんだ。

 家族全員死去。

 そう記録されている。


 石神 優里は目立たない子だった。

 いつも本を読むか、絵をかいていた。

 給食の時間、ひとりふらりと教室をぬけだして、屋上で、空にむかってよく手をのばしているすがたが、目撃された。

 友達はひとりもいなかった。

 終業の鐘がなれば、すぐに帰り支度をし、ランドセルをせおって帰った。


 ある日、クラスの給食費がなくなる事件があった。

 担任教諭は生徒のだれかのしわざだと怒った。じぶんの管理不行き届きを校長から責められることをおそれ、犯人が名乗り出るまで、帰宅させないとつげた。

 子どもたちは不満をつのらせ、うつむいていた。

 女の子たちが、先生の目をぬすみ、ちいさな紙を、コッソリとともだちに手渡していく。

 空太はいちばん後ろの席にいたから、その光景をながめていた。

 やがて、それは石神の机の上に放られた。

 石神は書状の内容を確認すると「私がやりました」と手をあげた。

 

 石神に渡されたちいさな紙は、ゴミ箱に捨てられていた。

 空太はひろいあげて、かかれていたことを読んだ。

 石神の人間性を攻撃することばや、早く帰っておやつがたべたいとか、ボーイフレンドと遊びたいとか、この状況を打破しろという命令や、「本当はオマエがやったんだろ、宇宙にいくための活動資金の調達のために盗んだんだろ」という推測がかいてあった。


 あとに聞いた噂話だが、石神に攻撃をしかけるグループのひとりが、給食費をぬすんだらしい。

 電車でいく遠い町に、おしゃれな服を買いに行くためだった。

 

 夕刻。

 空太は石神 優里をよびとめ、だれもいない教室にさそい「なぜ自己犠牲を働いたのか」たずねた。

 ガラスからさしこむ夕陽で、彼女の希薄な存在は、今にも、消えてしまいそうになっていた。

 彼女はなんのこと? と首をかしげた。

「ぜんぶくだらないことで満たされている。私の血も、肉も、命の光も、それを維持するためのシステムさえも、くだらないことで構成されている。破壊は、つねに一瞬なのに。その真実から目をそらすため、皆は必死になっている。あわれなネズミたちが、回し車で狂い走っているようにしか、みえない。私は疲れてしまったの。どれもこれも、些細な塵。もう私は、私の肉体に関して、責任を放棄しそうになっているんだよ」

 少女は目をつむり「もしかしたら、星すらもそうなのかもしれない。もしも私がフクロウならば、宇宙からこの星を観測するのに」そう告げた。

「先生に真実をつたえるべきだ……。罰せられるべきは、彼女たちなのだから」

 空太君。

 と石神 優里はいった。

 ランドセルから自由帳をとりだした。表紙は、笹をたべている、かわいらしいパンダの写真であった。

 自由帳には鉛筆で絵を描いてあった。

 これをみなさい。

 と石神 優里はそのうちの一ページをみせた。

 ウサギが数匹、月をめざして、ジャンプしている絵。

 だが、重力にみちびかれ、地面に落下し、血のかたまりになった。(血は、赤いクレヨンで塗られている)

 この星を愛した生命体は、自分たちの巣が、傷つき、よごれてゆくのをみたくなかった。

 脱出。

 ここから脱出し、あらたなる美しい土地を手に入れる。


 石神 優里はページをめくった。

 

 二匹のウサギ。

 一匹は王冠を、もう一匹は、ティアラを装着している。

 月が壊れてしまい、二匹は宇宙をさまよっている。

 この二匹が結婚するべき場所は、どの惑星だろう?

 二匹は迷子なのだ……。

 それなら、私がさがしてあげるしかない。

 彼らの安寧をみつけてあげたい。

 石神 優里は、そういって、ランドセルをせおって、帰っていった。


 その後、空太と石神 優里は一言も話していない。


 その年、戦争が始まった。

 空太の町にはミサイルがおち、石神 優里は死んだ。

 多くの兵が海の外へ旅立ち、多くの市民が死んでいった。

 

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