第3話

 妹をさがすため、空太も山に入った。

 お堂のちかくで、空太は鞠をつく音をきいた。

 狐の鳴き声のようにもきこえた。

 風が木々の葉を鳴らし、少女の足音がかけていった。そして、ふたたび鞠の音が鳴った。

 風とともに、鞠の音はとおざかっていった。

 音をおって空太は歩いた。

 頭痛がする。

 視界にゆがみが発生しており、それが脳にダメージをあたえている。

 鞠の音は、ちかづくと、遠のいてゆく。少女の笑い声が風にまざっている。妹のものか、あるいはしらない少女のものか、空太には自信がなかった。

 三日月がのぼった。

 声はいつのまにか、きこえなくなった。

 黒い鳥が、木々のすきまをうねるようにして、とんでいる。フクロウ、あるいは、カラス。空太がたちどまると、それは、首をねじまげ、赤い目でみた。

 

 山の景色はいつのまにか、灯台のたちならぶ、岬にすがたをかえた。

 うしろをふりむけば、木々の群生が、消えたりあらわれたりする。

 風に海のにおいがまじっている。

 木々のざわめきのなかで、カモメが鳴いていた。

 虫の声は波の音と区別がつかない。

 遠くからは銃声がする。

 酸素がうすくなっている。

 月がいつもより低い。

 この空間を形成しているものは、海と灯台と、海鳥の鳴き声であった。

 空太はなつかしさをかんじた。「母のお腹にいた時は、こんなむなしさのなかにつつまれていた」とつぶやいた。


 戦争廃墟に立っていた。

 コンクリートのビルは、火につつまれながら、くずれおちてゆく。

 水をもとめて人型のものが歩いている。

 黒くて大きな鳥がビルのすきまをとんでいたが、それは戦闘機だった。空太は目をこらして、機体の名称の確認をこころみたが、みたことのないものだった。

 どこかでまだ銃撃戦がつづいているのか、銃声がきこえる。

 朽ちて、数日が経ったとみられる人体の骸に、カラスがむらがっている。

 空太は足早にその区域をぬけた。


 空太そらたは森のなかに家をみつけた。

 木でつくられた二階建ての家だった。

 あちらこちらに風化のあとがあり、蔦がからまっている。

 窓はひび割れがひどく、中を確認できない。

 呼び鈴を鳴らすと、かわいらしい鈴の音がきこえた。

「ン……?」

 空太は庭先に赤い鞠をみつけた。

 泥がこびりついている。

 妹のあそんでいたものとにている。

 玄関戸がひらいた。

「おまちしておりました」

 黒いメイド服をきた美しい女が、凛と背筋をのばして立っていた。

 金色の瞳をもっていた。空太の国の人間にはない、美しい光彩。

 その異質さに空太が気味のわるさをかんじていると、メイド服の女は、腰を深く曲げておじぎをした。

「危ない道なりだったとは存じておりますが、特にお怪我等ないようで、よかったです。精神のねじ曲がりはございませんか。多くの者は、乱流のうずに脳を擦り切られてしまうのです」

「あの鞠だけど……」空太は、庭にころがっている鞠をゆびさした。「私の妹のものかもしれない。妹は赤い着物をきている……。顔は……私とにていない。笑うと右頬にちいさなえくぼができる。こちらにお邪魔していないだろうか」

「さぁ……このお城に迷いこむ者はおおくいます。そしてそれは、アルベリア様に導かれた者なのです」メイド服をきた女は、微笑をうかべた。高度の調度品のように、けがれひとつない。

「あなたは、この家のメイド?」

「はい。アルベリア様の専属のメイド、ペトラレイン、ともうします」

「アルベリア様……。この家の主であろうか。わかりました。あってみましょう。ペトラレイン様、すみませんが、ご案内いただけますか?」

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