❻ただの見せ物

「そうだよ、フェリ君がボーカルやるの」


 リルウはまるで自慢するように、フェリの肩に手を回してみせました。


「……本ばっかし読んでるフェリが?」


「人見知りのフェリが?」


「……普段の声さえあんまり聞いたことない、あのフェリが?」


 バンドの仲間たちはドラムの男・ベレドンを真ん中にして、顔を見合わせました。彼らはリルウとフェリのクラスメイトであり、いつもの静かな姿をずっと見ておりました。というか、そんな姿しか見たことがなかったのです。


「こんな変化球みたいな人選、あるんか?」


 ベレドンが太い腕を組んだまま、怪獣のうめき声のような唸り声をだすと、


「でもリルウちゃん……割とマジだぜ。あの態度は」


 ギターのショルビーは怪訝な表情のまま、ドラムの真似をするように腕を組みます。


「……確か、リルウちゃんはフェリの幼馴染みだったはず」


 ベースのクランクがメガネをいじりながら、冷静に言いました。核心に迫る事柄を閃いたのが嬉しかったんでしょう、その様子は得意げでキザったく見えました。

 ショルビーは見るに堪えなくなって、しかめっ面を明後日の方向に向けました。


「フェリが歌ってるとこ、見たことあるんか?」


「うん。昨日カラオケ行ったときの動画撮ってたから、見る?」


「見る見る見る!! 是非とも見させてくれよ! 天然記念物だから」


 ショルビーがリルウのスマホに飛びつくのを見て、クランクとベレドンも集まりました。リルウの操作で待ち受け画面から写真フォルダに画面が変わると、3人のドキドキ感は一層増していきます。


 一方で、幼なじみに対して披露した振る舞いを他人に見せびらかされるのは、フェリには丸裸にされるのと同じくらい恥ずかしいことでした。

 それくらい警戒しているからこそ、学校の図書室や教室の隅で読書にふけっているのです。


「……いつ撮ってたんだ?」


 フェリが歌っていたとき、リルウ、ミリキア、フロウガンの3人は彼の歌声のクオリティに釘付けになって、固まっていたはずでした。


「え? カラオケ入った瞬間から撮ってたよ? 入り口の後ろのほうにスマホをセットしといたの、気づかなかったの?」


「……ああ」


「そいじゃリルウちゃん。この動画、何時間もあるっちゅうことやな?」


「そうそう。だから容量メッチャ使っちゃって、ケータイが若干重くって」


 リルウが指先で動画をタッチすると、少しフリーズしてから再生されました。三脚にスマホをセッティングしているところから映像は始まり、音声がスマホから直接流れていきます。


《リルウちゃん、動画撮るの?》

《うん、撮るよ〜》

《よっしゃ! こりゃあ腕が鳴るぜ!!》


「フロウガンとミリキアは気づいてんじゃん」


 ショルビーが言うと、みんなが笑いだしました。フェリは決まりが悪くなって、リルウたちから離れたところにイスを置いて座り込んでしまいました。


 3人に囲まれたリルウは画面下のスクロールバーを動かし、フェリの歌うシーンまでスキップしました。

 途中でミリキアが愛嬌たっぷりに歌った場面では、ショルビーが思わず見とれて「うわ、カワイイ……」とこぼし、リルウが歌のついでにサックス演奏を披露した場面では、「……天才的だ。音楽系の能力……音感、リズム感、ソルフェージュにいたるまで、ステータスがカンストしてる」とボソボソと語りだし、フロウガンがⅩ JAPANを歌った際には「みんな萎えとるやんか……よほどひどかったんやなぁ」とベレドンがしみじみと同情しました。


「ホントだよ、まったく! 聴いてられなかったんだから!!」


「……ああ、まったく」


 離れたところからフェリがつぶやくと、またみんなが笑いだしました。


 なんだかフェリは、サーカスに駆りだされた動物になった気分でした。何か反応すれば、あの4人が笑いだす。自分は単なる見せ物にすぎず、得をするのは支配者であるあの4人。



 笑われてほしいから、リルウはここに連れてきたのか? 

 いくら幼馴染みとは言っても、やっていいことと悪いことがあるだろ……。



「お、いよいよだな」


 ショルビーが顔を画面に食い込ませると、初見であるベレドンとクランクもスマホにグッと注目しました。

「クリスマス・イブ」のイントロが流れて、ボーカルが出番を迎える……。


 出だしを聴いた途端、3人はさっきまでの楽しみなムードを忘れて、まるで交響楽団のコンサートに来ているかのような緊張感を覚えました。

 声は雪の降る寂しい街角に溶け込むように、透き通っていました。ここの音程がとれてないとか、リズムに乗れてないとかテンポより走っちゃうとか、気軽にダメ出しをするようなおちゃらけた雰囲気を、完全に封じ込んでしまう歌でした。


 自分の歌声を聴くのが恥ずかしいフェリは、スマホから目を背けたり顔を赤くしたりして、とにかく演奏が終わってほしいと願うばかりでした。とにかく嫌な気分になって、フロウガンの歌っているときと同じような疲労感を覚えました。

 ぼんやりと4人のほうをのぞくと、彼らはますます食い入るように聴きこんでいます。フェリはさらに落胆しました。

 ただ歌っただけで、こんなにも耐えがたい苦痛を味わうのか。……と、フェリは「歌」というものが怖くなりました。


 やがて間奏明けのサビも終わり、耳慣れたAメロが続くフィナーレが流れていき、カラオケの音源がフェードアウトしていきました。画面の中から「えー、すごっ!?」「ヤバっ!!」と驚く声がしたと同時に、リルウは動画を止めました。


「えー、すごくね!?」

「ヤバいやんか、フェリ。才能半端ないで?」

「……これは、SSR級のガチャ引いたかもしれない」


 クランクがボソボソ言うと、ショルビーが黙って頭をはたきました。


 初見の3人はフェリの圧巻のパフォーマンスに感心して、表情が硬くなっていました。「ね? フェリくんって、歌うまいんだよ??」とリルウが自分のことのように自慢してもなお、彼らの驚きようは変わりません。


「これはもう……決まりやな」


 ベレドンが立ち上がり、フェリの肩を叩きました。彼の腕は太く、手は石のように硬いもの。たった1回の衝撃で、フェリは雷に打たれたようなショックを受けました。


「……落選、か?」


「何を言うんや! 文句なしの合格やぞ!!」


「お前なら最高のステージにできるぜ!!」


 ショルビーはギターを乱雑にスタンドに立て、フェリの膝元に滑り込みます。


「……読書属性じゃなかったんだな。パフォーマンス属性も持っていたとは。もしかすると、チートアイテムかも」


「……悪いけど、帰らせてくれ」


 クランクのつぶやきが終わらないうちに、フェリはイスから立ち上がりました。


「なんでさ?」


 リルウをはじめ、バンドの4人がそろって呆気に取られている中、フェリはカバンを背負いながらそっけなく言いました。


「人前で歌うの、嫌いなんだ」


 その声は透き通ることなく、4人に強烈なエネルギーを伝えていきました。恥ずかしがったり戸惑ったりしていた姿は、そこにはありません。

 彼らに顔を向けることなく、フェリは部屋を出ていきました。乱雑にドアを閉める音を聞いて、4人は彼のはらんでいた怒りに初めて気がついたのです。


「……何なんだ、あいつ。マジで空気読めねえな」


 ショルビーは彼の座っていたイスを蹴り上げて、ひっくり返しました。


「……あいつは、自分の潜在能力に気づいてない」


 クランクがつぶやくと、3人は一斉に注目しました。みんな総じて、同じことを考えていたのです。


「何らかの方法で、その能力に気づくように目覚めさせないと。星のついた宝玉を集めるとか、暗黒騎士の自分と戦わせるとか、氷漬けの召喚獣と意思疎通させるとか……」


「黙れってんだよ!!」


 ショルビーの足は、クランクの下腹部を思い切り蹴りつけました。クランクはうずくまって座りこみ、苦しげな呼吸をしながら悶えました。


「やめんか、ショルビー! 暴力はいかんで!!」


 ベレドンはショルビーを引き離して制止し、クランクの介抱にあたりました。「くの字」になって横たわるクランクに、彼はガーゼのような優しい手つきで背中をさすりました。


「……はぁ、ぁ……」


 クランクの呼吸の乱れはしばらく続きましたが、ベレドンの真剣な眼差しに見守られて、やがて落ち着きました。


「……助かった」


 クランクがゆっくりと体を起こすと、ベレドンは口の筋肉をいっぱいに広げ、笑いかけました。かと思えば、すぐにショルビーに振り向き、厳しい表情を作りました。


「謝らんかい」


「知らねぇよ、バカ」


 ショルビーはひっくり返っていたイスをまた蹴り上げました。部屋の壁に当たって、鈍い音が響き渡ります。駐屯地から飛び立つヘリコプターのような、警戒心と不快感をかき立てるものでした。


「……お部屋で何かあったの?」


 カウンターで、ミリキアはフェリを呼び止めました。


「さあな」と一言だけ告げて、フェリは玄関のドアに手をかけました。困った顔のミリキアを相手にすることもなく……

 そんな彼の姿を、ミリキアは初めて見たような気がしました。


 やがてドアが開きました。


 フェリが開けたのではありません。外から開けて、中に入る者がいたのです。


「おい! リルウはどこにいるんだ!?」


 フロウガンが声を荒げて、カウンターのミリキアに詰め寄りました。


「い……1番の、お部屋」


「そうか」


 ミリキアから視線を逸らしてつぶやくと、彼はまっすぐに部屋へと駆け出していきました。

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