❸映画につきあって?
今日は、ロックフェスの前日です。
学校の授業が終わると、実行委員会や有志で集まった生徒たちが、市民会館「ゆめぱれす」まで移動し、会場のセッティングに向かいます。
きらびやかな装飾、力強く筆で書かれた「NAUCHU ROCKS」の看板などを次々とトラックに搬入していく様は、実にものものしさを感じさせます。
前日のカラオケで疲れていたフェリは、図書室で読書にふけっておりました。外のように混み合うことはないし、騒がしい声も聞こえません。
フェリは、静かなところが好きでした。幼馴染みの3人とスケジュールが合わないときは、ここで至福の時を味わってから帰るのが日課であり、また最高の楽しみでありました。
この日もキリのいいところまで読み終え、帰宅しようというところでした。立ち上がって本を棚にしまおうと手を伸ばしたところで、
「フェリくん、映画見に行こう〜??」
重い扉を力いっぱいに開け放ち、リルウが駆け込んで来たのです。室内には痛々しい音と、ただならぬ緊張感がこもりました。
こんなことは、今までには一度もありませんでした。
もちろん、スケジュールの空いていた3人のうちの誰かが、一緒に帰ろう、と誘ってくることはありました。
しかし、こんなにも乱雑で、暴力的な入り方は見たことがありませんでした。みんな、重い扉をわざわざ力いっぱいに開けることに、エネルギーを使わないのです。
「……映画? お前、明日『NAUCHU ナウチュー ROCKS・ロックス』の本番じゃなかったか?」
「いいの。ボーカルがコロナになっちゃったから、わたしたちは諦める」
リルウはそっぽを向きながら、すねたように言いました。
NAUCHU ROCKSは、毎年9月の上旬頃に、土日の休みを使って行われる音楽祭です。ナウチューとは彼らの通う「ナウス中央高校ちゅうおうこうこう」のことで、生徒たちが実行委員会を立ち上げ、会場の準備やプログラム進行などを担当します。
初めは校内のみで行われていましたが、会場に市民会館「ゆめぱれす」を使用可能になったことで、一般の人たちも参加できるようになりました。お客さんとしてはもちろん、社会人バンドや中学生以下の子どもたちも出演できます。
ジャンルの決まりは設けておらず、バンドだけではなくダンスグループ、民族楽器、合唱団なども参加できます。毎年多くの参加希望が集まるため、近年ではオーディションで参加の可否を決定するようになりました。
リルウのバンドは、去年、今年と続けざまにオーディションを突破していました。
しかし、去年の出演は叶いませんでした。
本番当日になって、ボーカルが行方不明になったのです。
LINEを送っても返事が来ず、電話をかけても応答がありませんでした。結局、理由の分からないまま、バンドのみんなは出演を断念することになりました。
ところが、月曜日になると、彼は平然と登校していました。リルウたちが詰め寄って訳を聞けば、
「いや、カノジョできたから、デートしてた」
と臆面もなく言い出したので、メンバーのみんなは怒号をまき散らし、教室中を騒がせました。自分たちよりも年上の社会人バンドもいる中でオーディションを突破した達成感とは、いかに多大なものだったのでしょう。
その日を境にその生徒とは関係を断ち、新しいボーカルを迎えて今年に臨みました。前年を上回る応募数の中、リルウたちはまたもオーディションを突破することができました。
ようやく去年のリベンジができる……と誰もが思っていた中での、彼の悲報でした。
「……残念だな」
「あー!! もう、泣きたいっ!! だから映画見にいこう、って言ってんの!!」
リルウが騒ぎ立てたので、司書の先生から注意を受けてしまいました。決まりが悪くなったリルウは、
「早く。行こっ」
とフェリの腕を無理やり引っ張って、図書室を出ていきました。
「待てよ、せめてカバンは持たせてくれ」
「それぐらいチャッチャと背負いなよ、おっそいなぁ~」
リルウは「しょうがないな~」とでも言いたげに、笑いながら腰に手をあてました。フェリは無理やりなリルウの態度に少し苛立ちましたが、おとなしくカバンを手に持って、早足のリルウについていきました。
「ここから近い映画館って、どこだ?」
フェリは靴を履きながら、外でケータイをいじっているリルウにたずねます。
「そうだね……やっぱ、新座の『ユナイテッド・シネマ』かな?」
「あれか、西武台高校のとこか」
「そうそう」
ナウス中央高校の所在地は朝霞市ですが、立地としては市の境目に位置しているため、生徒たちの遊び場は隣の新座市にもあります。なんなら、朝霞市内よりも遊べる場所は多いかもしれません。
新座市はJR武蔵野線が通っていたり、東武東上線の志木駅からアクセスできたりしますが、市の規模がそれに伴っていません。
電車から降りて移動するのにも一苦労するほど、新座市は広いのです。目的地まで、最寄り駅から30分歩かされることはザラですし、バスを使うとなると高校生にとっては痛い出費になります。
「自転車とってきたほうが早いだろ?」
「いや、いい……わたし、今そういう気分じゃないから……」
リルウは明らかに表情を曇らせていました。「自転車でピューって風を切っていく感じ……今は、やだ」
フェリは何も言えず、ただ歩いていくだけのリルウについていきました。
ナウチューを出て右方向に進み、坂の下にあるT字の交差点を右に曲がってまっすぐ進めば、やがて車通りの多い「野火止大門」の交差点にさしかかります。ここから、車通りの多い「川越街道」へと続く長い道が、細くなったり太くなったりしながら続いてゆきます。
「ユナイテッド・シネマ」は、その川越街道沿いにあります。
ところが、リルウは学校を出て右方向に進んだのはいいものの、すぐそばにあるバス停で立ち止まってしまいました。
「疲れた。ちょっと休憩させて」
リルウはベンチに腰掛けると、この世の終わりを告げるようなうめき声を上げながら、うなだれてしまいました。このバス停には屋根がついており、残暑の厳しい日差しを遮ってくれています。
「……つらいだろうな」
「つらいよ……2年連続で、オーディション受かったのに……2年連続で、リタイアするなんて……」
フェリはリルウの背中をさすりました。ここまで彼女が落ち込んでいる姿は、あまり見かけません。
「フェリくん、優しい……」
「……何言ってんだよ。ちっちゃい頃からいつもこうしてやったじゃんか」
「……でも、ショック~!!」
リルウは突然跳ね起き、胸をいっぱいに広げて腕を伸ばし、まるで神様にすがりつくように声を荒げました。
「ああああああ~!!! 『NAUCHU ROCKS』出たい~!!!」
フェリは、その姿がかわいそうでなりませんでした。それでいて、手を出すことができずにいたのです。リルウの心の中も整理できていないのなら、フェリもまた同じ状態になっているのです。
そのうちに、バスが停留所にやってきました。車線からはみ出すようにして設置されているため、後ろにいた車やトラックがたくさん通り過ぎていきます。
バスは2人の姿を確認して、ドアを開けました。
「乗るのか?」
「……うん」
フェリは困惑していましたが、降りる人がいなかったために気持ちが急いて、まるで誰かに操られているかのようにICカードで乗車していきました。リルウもうつむいたまま、カードをかざしました。
バスの行き先は「朝霞台駅」となっています。川越街道とは関係のない方向に進んでいく路線です。
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