第4話 嫁の正体
それから数日間、リダファは仕事を理由にあまり自室に戻らなくなった。執務室には大きなソファがある。何なら、そこで横になってしまえばいいのだ。食事は宰相たちととることもあったし、一人で食べることもあった。とにかくララナとの接点を極力抑え、顔を合わせないようにしていたのだ。
「失礼します」
執務室に入ってきたのはイスタ。例の件だろうか?
「リダファ様、お時間よろしいですか?」
「構わない」
「例の件ですよ。お待ちかねでしょ?」
ふふん、と得意げな顔で、手にした書類のようなものを掲げる。
「勿体ぶるな」
「はいはい、わかってますって」
二人は机ではなく、応接セットの方に移動すると、ソファに向かい合わせに座る。テーブルに何枚かの書類を並べる。
「ララナ・トウエ。年齢は十六歳。ニース国の王女で、幼い弟が二人いる。母親は死去。そもそもこんなに早く結婚する必要があるのか、って話だが、ニースとしては少しでも力があるアトリスとの縁談は逃したくなかったらしい。所詮は小さな南の島だからな。この先、もっといい縁談先が現れるとも限らないわけだし」
「なるほど」
ここまでの話を聞く限り、別に怪しいところはなさそうなのだが。
「さて、ここからが本題だ」
テーブルに肘をつき、リダファを見上げる。
「なんだよ」
「ララナは、小さいながらも一国の王女様だ。いっぱしの教育も受けているし、彼女はとても頭がいいらしい」
「ほぅ」
「しかし、少し体が弱いんだそうだ」
「……ん?」
体が弱い……ようには見えないのだが?
「さすがにニースまで行って調べることは出来なかったが、ララナ嬢を見たことがあるという人間に彼女の特徴を聞いたのさ。そしたら、肩までのまっすぐな髪、ほっそりとした体と、切れ長の賢そうな瞳……だそうだ」
「……は? まるで印象が違うじゃないかっ」
少なくとも、ほっそりした体で病弱、切れ長の瞳ではない。
「どうやらあの子は、ララナではないようだ。語学堪能なお嬢様であるララナは、大陸の言葉も流暢に話せるそうだから」
「じゃ……それじゃやっぱり彼女は刺客なのかっ? 外交官たちは、少なくともハスラオは彼女が偽物だってわかって連れてきてるってことなのかよっ?」
声を荒げる。
「それは……なんとも言えない。ニースで何があったのかまではわからんからな」
「そんな……」
「どうする? ハスラオを呼び出すか?」
少し、考える。
もしこれが国を挙げての企みだったら、ニースとは国交断絶になるだろう。しかし、そんな危険を冒してまでニースが偽物を寄越す理由は? 本当に刺客なのだとしたら、初日が一番の好機だったと思うのだが。
「いや、待て。呼び出すのはハスラオじゃない」
「え?」
「直接、嫁に聞いてみる」
*****
その夜、リダファは寝室にララナを呼び寄せた。夫婦なのだから、何の問題もない。
「リダファ様、おしごと、おつかえさまれした」
初めのころに比べれば大分流暢になっていた。毎日勉強している成果なのだろう。だが、そんな努力も何のためにしているのか。
「こっち、来なよ」
ベッドに座り、隣をポンポン叩く。戸惑いながらも、ララナは黙ってベッドに上がってくる。
「ねぇ、単刀直入に聞くけどさ。あんた、誰なの?」
つっけんどんな物言いで訊ねる。ララナは意味が分からないのか、困ったような顔で首を傾げた。リダファはポケットからメモ用紙を出すと、そこに書いた文字を読み上げる。
「
ララナがハッとした顔をし、後ずさった。すかさずその腕を掴むと、続ける。
「
ララナの目が泳ぐ。嘘がバレたことが驚きだったようだ。そして、この反応を見る限り、彼女が刺客の類でないことはわかったような気がする。隙がありすぎる。
「
ララナを指し、詰め寄る。ララナはオロオロしながら目に涙を溜め、困っていた。
「なんだよ、その反応っ」
リダファは掴んでいた手を放すと、ドアの方を指した。出て行け、の意味である。
「あ、あ……、リダファ、さま、」
「出て行けって!」
強い言葉でそう言うと、ララナがビクッと体を震わせ慌てて部屋を出て行った。
「どうなってるんだよ、一体っ」
リダファはそんなララナの後ろ姿を見、溜息をつくと布団に潜り込んだ。夜が明けたらハスラオを呼び出し、話を聞く必要がある。彼は偽物の花嫁を連れ帰ったのだから。
しかし、彼を呼び出すまでもなく、事情を知ることとなる。ララナが通訳を連れて寝室に駆け込んできたのである。訳も分からずたたき起こされ、連れてこられた通訳が目を白黒させている。
「ひぇぇぇ、皇太子殿下っ、こんな夜更けに大変申し訳ございませんっ」
恐縮しまくっている。当り前だが。
ここは王宮の中枢、次期国王の寝所だ。そんな場所に連れてこられれば、誰だって恐縮するというものである。
「ナハ、マルダロナサキンダイエ、ナニ、シロウスブシャリアオウズ、テラキリナンダドゥスイラ、ナリ!」
ララナが早口で何か言った。
通訳はハッとした顔をして、返す。
「キッカロファ……?」
偽物。
その単語だけはリダファにも理解できるようになっていた。
それから二人はニースの言葉で何かを話し始める。通訳がリダファをチラチラ見ながら、頷く。事の真相を聞かされているのだろう。それを今からリダファに説明してほしい、という流れなのは理解できた。
だからリダファは、黙って二人のやり取りを見て、待っていたのだ。
「恐れながら皇太子殿下、お話しても構いませんか?」
震える声でそう告げる通訳の顔は、真っ青になっていたのである。
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