第19話 支配

 刃と刃がぶつかり合うと同時に騎士団長グローリアは口を開いた。


「いつまでこんな事を続ける気だ?」

「あぁ!?」


 オレは何度も何度もグローリアの命を刈り取る為の一撃を振るうが、それを全て捌かれる。

 やっぱり、実力はこいつの方が上か。


 オレがそう思った瞬間、グローリアは力を込め、剣を弾く。

 大きく弾き飛ばされたオレはすぐさま体勢を立て直し、グローリアを見据える。


 奴は軽く剣を振るってから、オレを見据える。


「君のバカさ加減には呆れるよ。こんな事をしているから、そんな身体になったんだろう?」

「……悪魔に魂売るよりも、1000倍マシだ」

「悪魔か……君はどうやら、まだ真理を分かっていないようだな」


 ふぅ、っと残念そうに溜息を吐くグローリア。グローリアは地を蹴る。

 刹那の間にオレの眼前に迫り、刃を振るう。オレはそれを反射なのか、右脚で受ける。

 鉄と鉄がぶつかり合う炸裂音が響き渡り、オレは体勢を崩しそうになる。


 その瞬間、強烈な圧迫感が腹部を襲う。


「グッ……!?」

「そんな立っている事も奇跡の状態で私の攻撃を受けられるものか」


 オレの背は地面を叩き、衝撃で息が詰まる。

 そのまま床の上に倒れ、オレは両手に力を込める。


 その瞬間、背中に何かを刺したかのような強烈な痛みを感じた。

 オレが顔を見上げた時、そこに居たのはグローリアだった。

 その瞳に冷たいものを宿して、見下ろしていた。


「これが現実だよ。パルマ」

「…………」

「君は昔からそうだったね。私と共に傭兵をやっていたときから、いつだって私に勝てるはずもないのに、挑み続けていた。力も持たない癖に」


 グローリアは手を後ろで組み、オレの周りを歩きながら口を開く。


「まぁ、それが君の良さでもあるが……。しかしね、もういい加減気付いた方が良いんだ。この世界では絶対的な力を前には屈するしかない、とね」


 グローリアは言葉を続ける。


「分かるだろう? 君にだって。この地ではアマルティアこそが正義だ。彼等の機嫌を損ねれば、どうなるか。それを身を持って君は体験したはずだ。アレはね、文字通りの『悪魔』だよ」

「だから? だから、テメェはその下らない悪魔に魂を売ったのかよ? テメェの命可愛さに!!」

「ああ、それの何が悪い? 私は生きる道を選び、奴等に取り入っただけだよ。君を裏切ってね」


 そう。コイツは私たちを裏切った。

 傭兵の仕事で、アマルティア家を崩壊させるよう仕事を受けたのが始まりだった。

 かなり金の良い仕事だったし、貴族の家を潰した事が無い訳じゃなかった。


 でも、この仕事自体が既に仕組まれていたものだった。


 目の前に居るコイツ、グローリアがより高い金を詰まれて、オレたち傭兵団を売ったのだ。

 それだけじゃない。この地には文字通りの『悪魔』が棲んでいた。

 そいつ等と戦って、負けて、オレたちは奴隷になり、アマルティア家の所有物になった。


 そして、オレはこんな身体になった。

 遊びで目を奪われ、足を奪われ、片腕を失った。それでも、オレは生きた。


 オレを裏切り、オレを弄んだコイツ等をブチ殺す為に。


 オレの殺意が篭った眼差しにグローリアは全く怯む様子を見せずに口を開いた。


「相変わらず、君の目は狂犬のようだよ。狂っている。強者に支配される事こそが人間の本質であり、真理だ。なのに、何故、君は強者に楯突く?」

「んな事もわかんねぇのかよ……つまんねぇからだよ」

「何?」

「強者に支配される事が人間の本質? ちげぇなぁ、そんなのはただ逃げてるだけなんだよ。強者に庇護されてるだけの弱者の思考だ」


 オレの言葉にグローリアの眉が僅かに動く。その端正な顔が若干歪み、オレは嗤う。


「ハハッ、テメェが優位に立ってるとでも思ってんのか!? 教えてやるよ、強者ってのはいずれ必ずぶっ潰される!! 今日、その日が来るんだよ!!」

「……負け犬の遠吠えもここまで来ると耳障りだ。所詮、レジスタンスなんて君が消えれば全てが終わる烏合の衆。いい加減、君にも死んでもらうとしよう」


 そう言いながら、グローリアがオレの背中から剣を抜き、オレの頭目掛けて切っ先を向ける。


 ああ、それで良い。


 それで良いんだ。


 オレを見ろ、てめぇの獲物はオレだろ?


 

「き、騎士団長様!!」

「どうした?」

「ま、街で……街で人々は突如、暴徒と化し、アマルティア家への侵攻を開始しました!!」

「なっ!? 何だと!? こっちが本命ではないのか!?」


 心底驚いた様子になるグローリア。それからすぐさまオレを鋭く睨み付ける。


「貴様!! 言え!! 何が目的だ!!」

「言うかよ、バ~カ。それに……何、そんなに動揺してんだ?」

「何だと……」

「アマルティアは強者なんだろ? 強者が負ける訳ねぇよなぁ!! なのに、何でそんなに動揺してんだ? 強者に巻かれてたらラクなんだろ? なぁ、自分の立場が脅かされるってのはどういう気持ちだ? カカッ、それがテメェの弱さなんだよ!!」


 ブスリ、と騎士団長の腹部にオレの左足が突き刺さる。

 完全にコイツは動揺していた。起きるはずの無い事が起きている現実を見せ付けられて。

 グローリアはゆっくりとオレから距離を離し、膝をつく。


「貴様……」

「ハハ、これでおあいこだ。どうするんだ? アマルティア家の奴等を守るのか? だったら、ここの囚人たちも糾合したオレたちが全部、ぶっ壊すぜぇ? なぁ、どうするんだよ、騎士さんよぉ!!」

「貴様を殺して……すぐに暴徒を治めに行くさ。所詮、手負いだ」

「それはお互い様だろうが!!」


 オレはすぐさま剣を拾い、地を蹴る。右脚と手に持つ剣を力いっぱい振るい、グローリアの剣とぶつかり合う。

 それと同時にグローリアは顔を顰めた。


「っ!?」

「おいおい、ヌクヌクの生活してて、ちょっと腹貫かれたくらいで鈍りすぎじゃねぇか!!」

「なっ……何故、速度が上がっている!!」


 ハイになっているんだろう。オレの身体がドンドン軽くなっていき、グローリアを追い詰めていく。


「いいね、イイネェ!! テメェを殺せると思うと、愉しくてしょうがねぇぜ!!」

「っ……獣畜生が!!」


 その声と同時にオレが振るっていた剣を思い切り払いのける。

 しかし、その動き、読めてんだよ。

 オレは弾かれた衝撃を利用して、身体を回転。そのまま右脚の剣で、グローリアの片手をぶった切る。切れた腕は飛び、グローリアの右腕から血が滝のように流れ落ちる。


「がっ、があああああああッ!!」

「ハハハハハ!! 終わりだよ、騎士団長サマ!!」


 オレはそのままグローリアの喉に左足の剣を思い切り刺す。

 グローリアはそれを掌で受けようとするが、それすらも貫き、喉の中心を穿つ。


「……っ!? き、……さま……」

「動揺しすぎなんだよ、腕の一本くらいでな。クソ野郎」


 オレは左足を抜くと、グローリアは大きく口を開けたまま、膝から崩れ落ち、地面に倒れる。

 それから地面に血溜まりが出来始め、事切れる。

 オレはそれを見下ろし、思う。


 こいつに対する復讐は終わった。

 こいつに売られた仲間たちは全員、死んだ。アマルティア家の手によって。

 

 オレの復讐はまだ終わっていない。オレはハイになっていた影響か、フっと全身から力が抜け、膝を折る。


「ハァ……ハァ……何か、疲れちまったなぁ。……クソガキ、嬢ちゃん。後は任せるぞ」


 ふらり、とオレがその場に倒れた時、最後に聞こえてきたのは仲間たちの声、だったような気がした――。

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