第17話 口火

「ユベル、共に食事がしたいというなんてな」


 今日、私たちはユベルから一つのお願いを聞いていた。

 それは『家族で食事がしたい』という事。


 ユベルがこんな事を言うのはとても意外だった。

 彼は殆ど自室で済ませる事が多いし、私たちもそうだったからだ。


 しかし、たまにはいいだろう。家族水入らずで過ごす、というのも。


 私の目の前に座るユベルを見つめ、声を掛ける。


「ユベル、リュミエール家のご令嬢とは仲良くしているか?」

「……うん、仲良く出来てるよ」


 何処か真剣な眼差しで答えるユベルに私は笑みが零れる。


 それは重畳だ。


 これで、アマルティア家はリュミエール家への弱みを握る事に成功した。

 私たち、アマルティア家の役割は『貴族にとって不都合な人間』や『抹消したい人間』を管理し、世界から抹消する事。

 アマルティア家を利用したい貴族なんていくらでも存在している。中には奴隷に身を落とした奴等だって存在している。

 そうした不都合な存在を消して行くと同時に私たちは『作品』を作り上げてきた。


 そうした『作品』達がいよいよ、本土で認められる時が来るだろう。

 リュミエール家という『大貴族』の名を使えば、皆が忖度し、評価する。無名だった私とは大きく異なる事だろう。そして、それは同時に私たちの野望へと大きく近付く。


 アマルティア家を認めさせ、大貴族となる事。


 私の作品を、私の美学を否定した奴等を全て『作品』とし、世間に認めさせ、その財力によって、大貴族に仲間入りを果たす。


 貴族の連中など、所詮は大貴族に巻かれるだけのクズばかりだ。


 しかし、私たち、アマルティア家は違う。私たちは支配される側ではなく、支配する側の人間だ。


 私は地下室にある作品たちを思い出し、ユベルに声を掛ける。


「そうだ、ユベル。今度、君に私の作り上げた作品たちを見せてやろう。きっと、君も喜ぶに違いない」

「……作品?」

「ああ。そうだ。アマルティアの神たるシズ様に捧げた者たちを利用した自信作たちだ。是非、楽しみにしていてくれ」

「……うん、楽しみにしてる」


 何処か上の空のユベルに私は首を傾げる。


「ユベル? 何か考え事か?」

「え? う、ううん。違うよ。ちょっと緊張しちゃって……あんまりこういう機会無かったから……」

「そうだね。これからは少し増やそうか。せっかくの家族なんだからね」


 確かに近頃は私もマルも作品作りで手一杯だった。

 ユベルにもしかしたら、寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。


 それは反省せねば、な。ユベルはいずれ、ここアマルティア家を継ぐ男なのだ。

 彼には私の全てを教えなくては。


 と、私が思っていた時。広間の扉が開かれる。現れたのがマルだ。


「あら? 貴方にユベルちゃん。早かったのね」

「ああ。せっかくユベルが誘ってくれたからね。少し、お話をしていたんだ」

「そうなの。どんなお話をしていたの? ユベル」

「今度、御父様が作品を見せてくれるって」


 ユベルの言葉にマルは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「まぁ!! それは素晴らしいですわ。今度、ユベルにも作品の創り方を教えてあげなくてはなりませんね。あれが出来なくては、アマルティアの嫡男とは言えませんから」

「うん……あれ? お姉ちゃんは?」

「居るわよ、ちゃんと」


 マルとは少し遅れて姿を見せたローズ。

 いつものメイド服ではなく、私服姿。それに私は眉を潜める。


「ローズ、貴様はメイドのはずだ」

「……ユベルが一緒に食べたいって言ったの。それじゃあ、ダメ?」

「御父様、ローズお姉ちゃんも家族だよ?」

「…………」


 ユベルの言葉に私は考える。

 ローズ=アマルティア。アマルティア家のメイド長であり、私の娘。

 しかし、この子はアマルティアのやり方に真っ向から反発し、自ら侍従に堕ちた女。

 その際に徹底的に痛めつけ、絶対服従を誓わせたはずだ。


 それを知っているマルもまた、舌打ちをする。


「あーあ、メイドと一緒に食事をするだなんて。辞めて欲しいものね」

「……ユベル。お姉ちゃんは居てもいいか?」

「え? うん」

「そうか。だ、そうだ」


 ローズの言葉にチィッ!! と強烈な舌打ちをするマル。

 腹立たしいのも分かる。我娘ながら、こいつは何を考えているのか全く持って分からない。

 それからマルが私の隣に腰掛け、ユベルの隣にローズが腰を落ち着かせる。

 すると、ローズが口を開いた。


「ユベル、そういえば、この前。エステルがオーパーツを調べていたけれど」

「オーパーツ? 空からの飛来物か。そういえば、地下室に保管していたな」


 あんなもの調べて何になる? すると、ユベルは小さく頷いた。


「うん。何か色々あったみたいだね。何かエステルが襲われたとか」

「そう。一応、面倒を見ておいたけど、あんまり近付いちゃダメよ? 何が起こるか分からないんだから」

「うん、分かった」


 ユベルが素直に頷くと、ローズはじっとユベルを見つめる。

 何かを勘繰っているかのような様子だ。自分が愛されていないからって、そんな眼差しをユベルに向けないで欲しいものだ。

 所詮、貴様はメイドに堕ちた愚か者なのだから。


 それから、メイドが料理を用意し、私たちの前に並べられる。


 今日はユベルの大好物ばかりが並べられ、ユベルが目を輝かせている。


 本当に可愛いものだ。私はワインを口に含み、笑顔を浮かべているユベルを見つめる。


 

 そんな幸せな時を、これから過ごそうとした時だった。


 ゆっくりと部屋の扉が開かれ、甲冑を身に纏った男が姿を現す。


「し、失礼します!!」


 その男はとても慌てた様子だった。私とマル、ローズが訝しげな表情になる。


「何よ!! これから、家族水入らずの時間を楽しむのに。貴方は空気も読めないの!?」

「も、申し訳ありません!! しかし、すぐに耳にお入れしなければならない内容が、ございまして……」


 マルの怒号が響き渡ると、騎士も萎縮してしまう。

 しかし、萎縮しても尚、彼の顔から焦りは消えない。


「どうした? 何があった?」

「ヴぁ、ヴァルテン牢獄が現在、襲撃されています!!」

「なっ!? ヴァルテン牢獄がッ!?」


 ヴァルテン牢獄。

 ありとあらゆる囚人を収監している牢獄。そこを襲撃? 過去にもそんな事があったな。

 私がそれを思い出すと、マルが親指の爪を噛みながら、言う。


「レジスタンスッ!! また……奴等なの!!」

「……すぐに騎士団を派遣しろ!! 所詮、烏合の衆だ!!」


 私は勤めて冷静に言葉を告げる。

 ここで焦って、ユベルを不安にさせる訳にはいかない。

 

 騎士ははっ、と返事を一つしてから小走りに部屋を去っていく。

 レジスタンス、どうせ大した戦力等持っていない。過去に襲撃しても尚、騎士団に完敗した奴等だ。今更、怖くも無いだろう。

 鎮圧も時間の問題――。



「ほ、報告します!!」

「今度は何だ!!」


 入れ替わるように現れた騎士がまたしても言葉を告げる。


「ま、街の、街の上空に『天使』が出現!! その言葉に惑わされた者たちが、ここアマルティア家を襲撃しようと、侵攻中です!!」

「なっ!? 何だと!? 天使とは一体何なんだ!?」


 何を言っているんだ? そもそも天使とは一体なんだ?

 私の焦燥感の孕んだ声に騎士は言葉を続ける。


「わ、分かりません!! と、突然、空から天使が舞い降り、街の住人たちにアマルティア家を滅ぼせと……空から武器を落とし、それを手に侵攻を開始していて……」

「な、何が起きてるのよ!! どうして、そんな事に!! あいつ等はただのグズじゃない!!」


 マルはヒステリックを起こし、髪の毛を掻き毟りながら騎士に叫ぶ。

 何が起きている、ここ、アマルティアで一体。

 

 ローズもまた何が起きているのか分からないのか、目を丸くしている。

 ユベルもまた不安そうな顔をしている。しょうがない。ここは判断しなければならない。


「マル、ユベル、ローズ!! 今すぐにここを放棄し、逃げるぞ!!」

「え?」

「天使という不可思議な事象など相手にしていられない!! それに地下室から外に逃げる事が出来る!! 外には船をつけよう!! そうすれば、私たちだけでも助かる!!」

「え、ええ!! そうね。ユベルちゃん、すぐに仕度してちょうだい!!」

「っ……メイドたちは、どうするんですか?」


 ローズの問いかけに私は叫ぶ。


「そんな分かりきった事を聞くな!! 奴等は囮だ!! さっさとしろ!!」

「…………」

「ローズお姉ちゃん?」


 ローズは悔しげに歯噛みしてから、立ち上がる。

 それでいいんだ。主人の面倒見るのなら、最後くらい、私たちを守ればそれでいい。


 私たちは何が起きているのかも分からずに部屋を飛び出す。


 それから私は外を見た。


「なっ……これは……」


 天で佇む金色の髪を靡かせ、純白の翼を持つ女性。見紛う事なき、天使がそこに居た。

 その天使は地を見下ろしたまま、微動だにしない。

 それからチラリとこちらを一瞥してから、口を開いた。


『さあ、アマルティア家を崩壊させるのです!! この地は……我が大天使 エステリアの名の元に蘇るのです!!』

「何が天使よ!!」

「速く逃げるぞ!! ユベル、早くしろ!!」


 私とマル、ローズが走り出したにも関わらず、ユベルはじーっと天使を見つめていた。

 ユベルは私が呼んだ事に気付くと、駆け出す。


 何が起きているのか全く分からない。しかし、今は逃げるしかない。


 生きていれば、必ずやり直せるのだから――。

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