第16話 パルテ=プリオーネ
まさか、驚いた。
オレは目の前に居るクソガキを見つめ、酒を呑む。
レジスタンス本部でオレたちはヴァルテン牢獄への襲撃についてずっと考えていた。
あそこにはオレたちの囚われた仲間や物資が多く保管されている。あそこを襲撃し、その全てを解放する事が出来れば、レジスタンスは一気に大きな力を得る事になる。
そこを襲撃する事さえ出来れば。物事は大きく進むと。
そんな折、このクソガキが現れた。オレがどす黒い感情に支配させる獣共の子ども。
ユベル=アマルティア。
アマルティア家には世話になった。オレは元々『犯罪者』だ。
その犯罪というのも全部、オレの身に覚えのねぇ罪だった。確か、殺人だったか。
やってもいない罪を擦り付けられ、オレはここアマルティア家に飼われた。
そこからは思い出したくもねぇ毎日だった。
今でも、ハラワタが煮えくり返り、あの獣共をぶっ殺したい衝動に駆られるほどに。
右目と左手、両足がズキズキと痛むくらいには思い出すだけで苦痛が伴う。
でも、オレはそこから逃げた。
逃げて、逃げて、オレに残っていたのは『憎悪』だけだ。
アマルティア家という獣を駆逐する事だけ。それがこのレジスタンスの始まりだ。
アマルティア家をぶっ潰す事。あいつ等に惨たらしい死を与える事。
そうでもしなくちゃ、ここにいる奴等、そして、アマルティア家に児戯に等しく殺された奴等が浮かばれねぇ。
オレたち、レジスタンスはアマルティア家の敵だ。
なのに、このクソガキは、オレたちとの協力を取り付けようとしやがった。
本当にオレの神経を逆撫でしてくるような奴だ。
アマルティア家というだけでも、見たくもねぇ。同じ空気を吸う事すらも認められねぇのに。
こいつは誰よりも真っ直ぐな目でオレを見てきやがる。
たった6歳のクソガキが、オレたちレジスタンスよりも、その目に『反逆の意志』を宿してやがった。
それだけじゃねぇ。こいつはオレに勝った。
オレは多少なりとも腕には覚えがあった。少なくとも、アマルティア家の最高戦力の騎士団と正面きってやり合えるくらいには。
そんなオレがこんなクソガキに負けた。あの意味の分からねぇ力で。
だから、オレは一つ条件を出した。オレたちが何よりも欲するもんを。
『ヴァルテン牢獄の見取り図』
『牢獄の鍵』
この二つは過去の襲撃で、イビルのバカが大切に保管してる、と、オレたちのスパイが手紙を遺してくれた。それをこいつ等に手に入れるようにした。
どうせ、屋敷に入れるのはこいつ等しか居なかったから。
どうせ、取ってこれねぇだろと思ってた。だって、あっちにはあのクソメイドが居るんだから。
なのに、それなのに。
今、その二つがオレの目の前にあるのは何の冗談だ?
「……クソガキ。これ、どうやって手に入れた?」
「俺の力だ。こういう事は得意でな。それで? 協力する気にはなったか?」
クソガキの隣には見慣れない女の子も居る。
こいつは誰だ? と思うが、今はどうでもいい。オレは机の上に置かれた見取り図と鍵を何度も確認する。それから側で控える仲間に声を掛ける。
「この鍵、うちの仲間でまだ繋がれた奴が居るだろ? そいつで試して来い」
「わ、分かりました」
仲間が鍵を手にその場を去り、奥の部屋へと向かっていく。
その間、オレは見取り図を見た。これはニセモンじゃねぇな。過去に襲撃した時の記憶が蘇ってくる。確か、間取りはこんな感じだった。
「り、リーダー!! 錠、外れたぜ。全員、解除してやった」
「そうか。鍵も本物と見ていいか……」
目の前で座るクソガキは机の上にある見取り図を見つめ、口を開いた。
「これで認めるはずだ。俺たちと手を組む事を。お前等じゃ手に入れる事が出来ないものを俺たちは手に入れた。充分、利用価値はあるはずだ」
「…………」
真っ直ぐオレを見つめるクソガキ。オレは大きく息を吐く。
利用価値は間違いなくある。このクソガキの力だって大きな戦力だろう。
でも、オレの心がそう言わねぇ。こいつはアマルティアの人間だ。
そいつと手を組むなんざ、反吐が出る。
何でアマルティアなんかと。それが表情に出ていたのか、クソガキが真っ直ぐオレを見た。
「貴方の気持ちを汲んだら、こんなお願い、お門違いなのも分かってる。でも、今だけ。今だけは同じ方向を向いてるはずだ。俺も貴方も。
……もし、俺と貴方。全てが上手くいった後、俺を殺したいなら殺してくれ」
「ゆ、ユベルくん!?」
「ユベル様、何を……」
「二人は黙っててくれ」
クソガキ――ユベルは真っ直ぐオレを見たまま、言葉を続ける。
「それだけの責任がアマルティアにはあるんだ。ここにいる奴等の人生を無茶苦茶にしたっていう責任だ。それで俺だけでのうのうと生きる事なんて許せる訳がない。
だから、アマルティア家の全てをぶっ潰して、まだ怒りが収まらないのなら、俺を殺せばいい。そうすりゃ、アマルティアは全滅だ」
利用価値がある。その利用が終わり、気に入らないのであれば、殺せ。か。
オレはその言葉を反芻する。
確かにそうだ。こいつだってアマルティア。取るべき責任はある。
ここにいた連中は全員がアマルティアに対する憎悪を持っている。今だって、オレが静止しなかったら、間違いなく、目の前のこいつらを殺してる事だろう。
惨たらしく、悲惨に、凄惨に、殺している事だろう。
それだけの場所にやってきて、命を張って、その根っこは何処にある?
何が6歳のクソガキをここまで動かす? オレはユベルを見つめ、問う。
「おい、クソガキ。聞かせろ。てめぇはどうしてここまでする? ここまでてめぇは何度も死に掛けてるはずだ。なのに、何故、命を張る? てめぇのやろうとする末路が死だと理解した上で何故?」
「……当たり前が当たり前になる世界にしたいんだ」
ユベルは真っ直ぐオレを見据えたまま、言葉を続ける。
「今、ここは地獄だ。笑う事も出来ないし、流す涙も枯れてる。怒りだってもう怒り疲れたと思う。でも、そんなの当たり前なんかじゃないんだ。
普通に笑って、泣いて、怒って、生きる世界こそが当たり前の世界なんだよ。俺は……ここをそういう場所にしたい。誰もが笑って、泣いて、怒る事が出来る当たり前の世界に」
ぎゅっと強く拳を握り締めるユベルは言葉を続ける。
「その為に命を捨てる事なんて何も怖くない。それだけの事を、アマルティア家はしたんだからな。でも、出来る事なら、俺は……そんな世界で生きていたい。その為の『革命』だからな」
「…………」
その時、ユベルの目は誰よりも眩しく見えた。
その目の先に見ている未来が明るいものなんだと、オレは直感的に思っていた。
このクソみたいな世界とは全然違う、コイツだけが思い描く幸福な未来が見えた気がした。
このクソガキは奇妙な奴だ。
まだ、6歳なのに、オレたちと真っ向からぶつかって来やがる。
だったら、見定めるだけだ。気に入らないなら、全てが終わった後、ぶっ殺せばいい。
今はその未来の可能性、とやらを信じてやる。
「……分かった。クソガキ。手を組む」
「なっ!? り、リーダー!? 本当に良いんですか!?」
「良い。全部終わった後、気にいらねぇならぶっ殺せばいいんだよ。こいつは逃げも隠れもしねぇ。そうだろ?」
「ああ、ありがとう……」
ユベルの返答を聞き、オレは仲間に声を掛ける。
「てめぇら!! 作戦会議に入る!! クソガキ共、てめぇらも参加しろ。そこで仔細を纏める」
「ああ、分かった」
可能性に懸けたんだ。このクソガキの理想とやらの可能性に。
だから、オレを失望させるんじゃねぇぞ。失望させたら、てめぇの首、オレが頂くからな。
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