第14話 天使

「えぇ!? か、かかか、神様の力ぁ!?」

「リリィ、声が大きい」


 レジスタンス本拠を後にした俺とリリィは屋敷に戻り、自室を目指して廊下を歩いていた。

 そこで一旦、俺の身に起きた事を整理する為にもリリィに話をしていた。

 リリィは心底驚いた様子を見せてから、何度も辺りを見渡す。ちょうどメイドたちの姿も見えず、リリィは安堵した様子だ。


「はぁ……か、神様というと、アマルティアに伝わる神様、でしょうか? 名前はええっと、シズ様でしたっけ?」

「そう。どうやら、その力が俺に出てきたみたいなんだよな」

「はぁ~……お心当たりとかは?」


 リリィの問いに俺は頷くか、迷う。

 これに関して一つ、俺の中で仮説を立てている。


 『転生』した際に与えられた力という事だ。


 俺はこの世界の全てを把握出来ていない。それは何故か。

 俺は社畜だったからだ。ゲームをやるのなんて週に数時間程度で、このゲームも楽しんでいる途中だった。

 確か進めたのは序盤辺りだったような気がする。それこそユベルの悪行辺り……。


 つまり、世界の謎を知らない状態である俺こと、ユベルが今後シナリオ的には蘇るのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

 この力もユベルが最初から持っていたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 でも、俺はこの力を感じて最初から持っているとは考えられなかった。


 そう思ってしまうくらいにこの力が強いから。


 だからこそ、気になる所も出てくる。何故、俺にこんな力が備わったのか。

 そもそも何故、転生したのか。

 と、そんな今、考えても分からない事を考えていてもしょうがないので、俺は考えを戻す。


 結局、心当たりがあるとすれば、転生した結果だと思う。

 というのと、最初から備わってるんじゃない、の二択になるという事だ。


 その結論に達し、俺は首を傾げる。


「……心当たりはあるようなないような?」

「そ、そうですか……何かお力になれることはありますか?」

「いや。特にないかな。その気持ちだけで嬉しいよ。それに力は使い方だし、何よりもこれで君を守れる。俺はそれが嬉しい」


 とまぁ、色々と考えてしまうが、結局、俺はリリィやエステルが守れる力を手にしたのが嬉しかった。

 元々、ユベルには魔法の才覚は多少なりともあったが、それでも主人公たちとタメを張れるようなものではなかった。

 所詮、序盤の悪役。出来る事なんて限られている。

 でも、この力があれば。俺は沢山の人を守る事が出来る。


 すると、リリィは感激したのか目を丸くしたと思ったら、すぐさま俺を抱き寄せる。

 足が浮き、そのまま俺は顔面がリリィのおっぱいに埋め尽くされる。


「もぅ!! ユベル様は本当に優しいお方なんですから!!」

「んむーッ!!」

「でも、私もユベル様をお守りしますからね。ずっとずっと私の命に代えても」


 いや、あの、苦しいです。貴方のおっぱいで俺が窒息しそうです!!

 鼻を抜ける甘い香りと顔全体を包み込むマシュマロの暴力に天国へと昇ってしまいそうになるが、俺は必死にリリィの腕を叩く。

 すると、リリィが気付いたのか、俺を離す。


「も、申し訳ありません!!」

「ぷはっ……あー、死ぬかと思った……」


 俺はリリィから下ろされ、大きく深呼吸をする。


「はぁ……リリィは胸がデカイから気をつけてくれ」

「ユベル様は大きい胸が好きですか?」


 ふよん、と自身の胸を持ち上げるリリィに俺は遠い目をする。

 いや、おっぱいキライな男は居ないでしょうよ。しかし、それを6歳の子どもに聞くのは如何だろうか。俺は一つ息を吐き、歩き出す。


「好きかもな」

「……ふふ、そうですか。じゃあ、今度、触りますか? それとも吸いますか?」

「……そういう事は言うな」

「ユベル様なら別に良いんですけど……。それにメイドはご主人様の願いを叶えるのもお仕事なんですよ」

「はいはい」


 リリィってこんな積極的だったのか。

 否、今まで抑圧されていただけで、生粋の性格はこっちなのか。

 またリリィの新たな一面を知ってしまった気とこれから色々と大変になりそうな気持ちを抱きながら、自室に到着し、俺は扉を開ける。


 扉を開け、中を見ると同時に寝息が聞こえ、俺は目を丸くする。


「エステル?」


 そう、ここにある地下室でオーパーツ調査をしていたはずのエステルがベッドの上で眠っていた。俺は出来るだけ足音を立てずにベットへと近付く。

 すると、そこには幸せそうな表情で眠るエステルの姿があった。


 エステルはすやすや眠りながら、うわ言のように言う。


「ユベルくん……」

「ふふ、幸せそうですね。調査がひと段落したんでしょうか? 寝かせておきますか?」

「そうだな。俺はオーパーツでも見てくるか」


 と、俺が言った時、俺たちが話していたのがうるさかったのか、エステルがゆっくりと目を開く。


「んっ……ここは……」

「エステル様、おはようございます」

「リリィさん……り、リリィさん!? はっ!? いたっ!?」

「痛いッ!?」


 エステルが眠っていた事が衝撃だったのか勢い良く頭を上げた結果、顔を近づけていたリリィのデコとエステルのデコが正面衝突。

 そのままリリィは額を抑えたまま俯き、エステルはベッドに倒れ込む。


「痛いッ!? お、オーパーツは!?」

「え、エステル様!?」

「エステル、どうした?」


 ベッドをゴロゴロと横に転がり、エステルはベッドから降り、俺たちなんて目も暮れず、地下室の道へと足を進める。

 俺とリリィは訝しく思い、それに同行する。

 地下室の階段を下りている最中、エステルの声が響き渡る。


「ええええええええええええええええッ!! なんでええええええッ!!」

「っ!? エステル!! 何があった!!」


 俺とリリィは足早に階段を下り、地下室の広間に到着する。

 ここにオーパーツがある、という話だったが、広間には何も無かった。

 エステルもペタン、と床に腰を付け、目を丸くしている。


「な、何で……こ、ここに!! ここにあったのに!! オーパーツがなくなってる!!」

「エステル、落ち着け」

「あ、ゆ、ユベルくん!! お、オーパーツが無くなっちゃった!!」


 俺に飛びつくように抱きつき、胸に顔を擦り付けるエステル。


「わ、私、ユベルくんの力になろうと思ったのに。どっか行っちゃった……」

「少し落ち着け。君はすぐに向こう見ずになってしまうな。もっと冷静にお淑やかになろうな」

「ぐすっ……だって、ユベルくんの力になりたかったから……でも、オーパーツが無くなっちゃったら、力になれないもん」


 グスグス、と鼻を啜りながら言うエステルの頭を俺は優しく撫でる。


「その気持ちだけで充分嬉しいよ。それよりも、エステル。ここにはオーパーツがあったんだな?」

「うん。確かにここに女神様っぽいオーパーツがあった。でも、あ、あれ。ちょっと待って。何か思い出してきた」


 今まで混乱していたせいか、エステルが冷静さを取り戻したのか、俺に抱きついたまま言葉を続ける。


「確か、オーパーツを調べてて、メイド長が来たんだ」

「メイド長……ローズが? 君はローズに何かされたのか?」

「ローズ様が……」

「う、ううん!! 全然!! むしろ守ろうとしてくれた。うん、そうだ。ここにあったオーパーツから何か紐みたいなのが出てきて、私を吸い込んだんだ……でも、そこから覚えてない……」


 エステルの言葉を聞き、俺は首を傾げる。

 オーパーツに吸い込まれた?

 オーパーツというのを俺の知っている知識だと、空からの飛来物であると同時に『人間が装着する兵器』だ。選ばれた人間のみに扱えるとされる『外部装置』。

 作中でも『主人公』と『ヒロイン』が使っていたもの。


 それがオーパーツ自身が人間を取り込もうとする事が果たしてありえるのだろうか。


 俺は胸で顔を擦り付けるエステルの背中を軽く叩き、声を掛ける。


「エステル、オーパーツってどういうものだった?」

「え? 私の知ってる本には載ってるタイプじゃなかったよ。何か凄く珍しいやつだったと思う。あ、後ね、『反逆の翼』って……」


 その瞬間、俺の手からエステルが弾けるように離れる。

 それと同時にエステルの姿が変貌する。

 服装は真っ白のウエディングドレスに変貌し、その背中には天使を思わせる翼が生えている。

 その姿は見る人が見れば、天使と間違えてしまうほど、神秘的で美しかった。


「え? あ、あれ!? 何コレ!?」

「え、エステル様!? 突然、服が……それにその翼は……」

「な、何これ!! 何で、私、天使みたいになってるの!?」

「それは……」


 俺はその姿に見覚えがあった。

 『反逆の翼』

 その名を持つオーパーツを俺は知っている。それはヒロインが使うはずだったオーパーツだ。

 それが何故、ここに? それは分からないが、恐らく『反逆の翼』というオーパーツがエステルの物になっている。

 これは俺が物語に介入している弊害か。それは分からないが、これは天啓だ。


「……天使、か。リリィ。今のエステルは天使に見えるか?」

「え? はい。何だか天から遣わせてくれた天使のように見えますよ。本当に綺麗です」

「え? そ、そう? それに何か不思議……すっごい力が漲るんだ!! 今ならすごい魔法も使えちゃうかも!!!」


 嬉しそうに語るエステルを他所に俺は考える。


 俺は嫌われている。革命を起こすとなった時、俺の言葉は決して民衆には届かない。

 当たり前だ、この地獄を作った元凶なんだから。

 人々を苦しめ、殺し、自身は私腹を肥やし、贅沢三昧。

 なのに、一度の施しもせず、ただ、人々の生活は苦しくなる一方。

 どれだけ救いを求めても、決して救われる事のない世界。


 この世界を変えたい、と願うのは多分、ここにいる者たちは同じだ。

 でも、それを束ねる存在が無かった。レジスタンスではそれは難しい。

 彼等は何度もアマルティア家に負けてしまっているから。


 でも、もしも。もしも、この地獄に――『救いの天使』が舞い降りたのだとしたら?


 俺の頭の中に今後の計画が一気に湧き出てくる。

 ようやく、革命に必要な最後のパーツが揃ったような気がした。


「……エステル。君は俺に嬉しい誤算を持ってきてくれたよ。レジスタンスよりも強い求心力か」

「ゆ、ユベルくん?」


 エステルが首を傾げると、光と共にエステルの姿が元に戻る。

 リリィもまた首をかしげ、エステルの顔を見た。


「何か思いついたんでしょうか?」

「ね。変なユベルくん」

「クックック。面白いな。まぁ、これはレジスタンスに見取り図と鍵を渡してからだな。良し、まずはそれを見つけよう。二人共、着いて来てくれ。そっちも考えがある」


 とはいっても、俺の考えを形にするよりも前に、今はヴァルテン牢獄の見取り図と牢獄の鍵。

 その二つの在り処も分からないけれど、俺は思いついた方法を試す為に、エステルとリリィを連れて部屋を後にした――。


 

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