第12話 悪役貴族 覚醒

 部屋の奥から鉄と鉄がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。

 その音が響き渡る度に私の胸はざわついた。

 レジスタンス。そこのリーダーについてはあの報告書にあった。


 パルテ=プリオーネ。


 元犯罪者であり、この島に流されてきた女性。

 粗野で凶暴、本土でも多くの暴力事件を起こしてきた女性。そんな彼女が本土では手が付けられなくなり、奴隷として島に流されてきた。

 それからはアマルティア家の奴隷となり、児戯に等しく、手足を弄ばれ、目を抉り取られた。

 その悪魔的な所業に彼女は激昂し、彼等に反旗を翻す。


 そうして、命からがら逃げ出し、彼女はレジスタンスを組織した。


 全ては自身を弄んだアマルティア家への復讐の為に。


 私はレジスタンスの本拠に行けば、必ずこうなると分かっていた。

 それはきっと、ユベル様も分かっていた。

 ユベル様も血筋はアマルティア家。どれだけ人々に寄り添う優しさを見せようとも、アマルティア家の実情を知り、その被害に遭った人たちからすれば、同じ穴のムジナに過ぎない。


 それでもユベル様は。私は思わず祈ってしまう。


「……お願いします。アマルティアの神様――シズ様、ユベル様をどうか……お守り下さい……」

「祈っても無駄だ。メイドさんよ」


 バンダナ男が言う。


「リーダーのアマルティア家への憎悪は俺たちの想像も付かない。あの人はアマルティア家を滅ぼす為だけに生きてる人だ」

「ていうか、あいつもバカだよな。わざわざこんな所にまで来るなんてよ」

「な~にが、力を借りたいだよ。どうせ、俺たちの情報を取って来い、とでも命令されたんだろ」

「ははっ!!リーダーはそれを見抜いてたんだろ? だったら、人質にでも取って利用しようって魂胆か!! 流石リーダー!!」


 ガハハハ、と高笑いしながらユベルの利用価値を定めようとするレジスタンスの人達の言葉を聞いて、私は歯噛みする。

 違う。あの人をあんな獣たちと一緒にするな。


 ユベル様はここを変えるお方。この地に平和を齎す方だ。


「ユベル様なら大丈夫……無茶はしないと、そう約束しましたもんね。必ず……戻ってきます」


 私はそう自分に言い聞かせる事しか出来ない。

 必ずユベル様は生きて戻ると――。








 俺の胸から刃が引き抜かれる。

 それと同時にドバリと胸から血が流れ落ち、意識がどんどんと遠くなっていく。

 剣を数回打ち合っただけ。それだけで俺の手からは剣が弾き飛ばされ、躊躇いもなく、胸を刺された。それも――心臓を。

 パルテはニタリと憎悪を帯びた笑みを浮かべ、俺を見下したような眼差しを向ける。


「結果は見えてたな、ユベル。てめぇは死ね。何、てめぇの死は大いに利用してやる。悪魔の一族が」

「…………」


 意識が、飛びそうだ。

 身体中から力が無くなって、膝から地面に付く。それからバタリと倒れ、血で床を汚していく。

 6歳程度の身体で奴に勝つなんて無謀だった。


 ユベル=アマルティアに魔法の才覚は無い。

 彼は所詮、序盤の悪役だ。戦うにしても大層な事は出来やしない。

 それに俺は力の使い方が良く分からなかった。

 時間を見て時々、魔法が使えないかと模索した事もあったが、大したことは出来ない。

 それに日々の運動不足のせいなのか、運動神経も皆無だ。


 とても戦うには向いていない身体。


 リリィに偉そうに言ったもののこれが現実。


 瞼が重くなっていく。ここで、終わりなのか――。


 どういう訳か、ユベル=アマルティアに転生して、アマルティア家に変革を齎そうとした。

 アマルティア家に関わり、自身に関わる人達の未来をほんの少しでも変えようとした。

 リリィもエステルも、守りたいって思った。

 

 俺は悪役。世界から嫌われるべき存在だ。


 だとしても、今の俺は違う。俺はただ、この世界で真っ当に皆で生きていたいだけ。


 そんな未来を掴み取る為に俺は戦う事を決めたんだ。


 何も始まっていないのに。そう思ったら、俺は地面に手を付いていた。


「フーッ……フーッ……」

「……へぇ。しぶとさはゴキブリ並か」

「ここは……地獄だ」


 ドクン、と心臓が高鳴った気がした。それと同時に胸にあった激痛がゆっくりと消えていく。

 

「アマルティア家の悪魔的所業が横行し、人々が安心して暮らせる世界なんかじゃない。沢山の人達が犠牲になって……奪われ……死んで行く。そんな世界だ」

「…………」

「俺はそんな世界にしたいんじゃない……俺は……この世界を誰もが笑って暮らせる世界にしたいんだ……安心して、笑って暮らせる世界に……」


 ドクン、ドクンと二度鼓動が高鳴る。

 それは全身に力を与えた。そして、脳裏に過ぎる言葉。


――――『掴み取れ』


――――世界を『掴み取れ』


 俺がゆっくりと立ち上がると、パルマがツバを吐いた。


「はっ!! 獣が何を語ってんだ? お前等のやってきた事が今更清算されるとでも思ってるのかよ!! 生まれてきたてめぇも同罪だ。何せ、同じ血をもって生まれてるんだからなっ!!」

「ああ、そうだよ。俺もアマルティアだ。貴方の言いたい事は理解出来る。でも、俺は――」


 ドン、とパルテが地を蹴り、俺に迫る。

 先ほどはまるで見えなかった動きが目視できる。

 俺は右手で『空間』を掴み、それを右斜めに下ろす。それはまるでカーテンのように靡き、パルテの振るう刃を受け止めた。

 

「なっ!? 空間がひしゃげた!?」


 俺にも良く分からなかった。ゲームでもこんな力は無かったはずだ。

 否、俺は思い出す。そういえば。アマルティア家の歴史を調べた時、あった。


 この孤島は元々、モンスターの巣窟だったという。

 そのモンスターたちを退治し、一つの集落を作り上げた。それこそがアマルティア家の始まり、だと。その時、先頭に立った存在は今、『神』として崇められている。


 誰よりも暴虐の限りを尽くし、しかし、誰よりも愛情深く、誰よりも自由だった男。

 誰よりも笑い、泣き、怒り、涙した。悪神かと思えば、善神とも取れる不可思議な神。

 その男、神の名は『シズ』


 どういう訳か、転生した俺にその力が宿っているらしい。

 それがこの極限状態で覚醒した?


 今、俺は何がしたいのか、何が出来るのか。全ての事が頭の中に無数に浮かんでくる。

 この力は誰よりも――『自由』だ。


 パルテが一度俺から大きく距離を取った。それと同時に俺は空間を握り締める。

 それは一つのボールへと変貌し、俺はそれを思い切り――投げつけた。

 

 見えない弾丸の如く、それは音速を超え、パルマの右頬を掠める。

 チッ、と右頬が切れ、パルマが驚愕する。


「何が、オレの頬を切った?」

「力も漲る……ははっ、すげぇ何だよ、この力!! 出来ない事なんて何も無い!! この力なら……全部変えられる!!」


 パルマは舌打ちをしてから剣を蹴り上げ、一気に迫る。

 俺は何もない空間を掴み、それを壁のように持ち上げる。それと同時にパルマが『見えない壁』にぶつかり、驚愕する。


「なっ!? どういう事だ!! なぜ、こんな所に壁が……」

「これなら!!」


 俺は右手で拳を作り、それを虚空にぶつける。

 それは空間にぶつかり、見えない拳となって、パルマの腹部に吸い込まれる。


「がっ!?」


 何が起きたのか全く分かっていないパルマはそのまま弾き飛ばされ、地面を水切りのように飛んでいく。それからすぐさま体勢を立て直し、口元から流れる血を吐き出す。


「何がどうなってやがるッ!! こんなクソガキに!!」

「俺はただ、この世界を変えたいだけなんだ。その為にこの力だって利用できるはずだ。アンタだって分かるはずだ……アンタほど戦ってきた人なら……この力が異常だって、利用価値があるって」

「……てめぇは何なんだ!! さっきから聞いてりゃ、世界を変えたいだの、何だのと!! まるでレジスタンスみてぇな事言いやがって!! むなくそわりぃんだよ!! てめぇらみたいな獣畜生が同じ事を考えているんなんてな!!」


 憎悪に任せた言葉が飛んでくる。それでも俺は決して怯まず、真っ直ぐパルマを見た。


「俺は人間だ!! あんな奴等と一緒にするんじゃねぇよ!! 俺はあの両親をぶっ殺してでも、この世界を変えようとしてんだよ!! そして、それを夢見てる奴が居る!! 当たり前に暮らせる世界にして欲しいって!! その気持ちは同じなんだよ!! 俺もアンタも!!」

「…………」

「仲良くしたいなんて思わない。アンタの憎悪も分かってる。でも、今だけは。今だけで良い。もし、アマルティアの全てを滅ぼした後、その憎悪が消えないなら……俺を殺せ」


 俺は一つ息を吐き、膝を折る。

 それから深々と頭を下げた。


「だから、お願いします。手を貸して下さい。……俺にはレジスタンスの力が必要だ。この世界を変える為に。この地獄を変える為に。だから、お願いします」

「………………」


 ギリギリ、と歯軋りの音が聞こえる。パルマの顔は苛立ちが全面に出ている。

 それからパルマはガン、と剣を床に打ちつけ、口を開いた。


「一つだけ、条件を出してやる」

「条件?」

「ヴァルテン牢獄の見取り図と鍵を持って来い。てめぇの力は有用だ。それは認めてやる。だが、てめぇらがレジスタンスになる事はねぇ。てめぇらはアマルティアだ」

「……分かってる。ありがとう。必ず持ってくる」

「勝手に消えろ。顔も見たくねぇ」


 そう言ってから、パルマはそっぽを向いた。

 多少は分かってくれたのかもしれない。俺は立ち上がり、扉を開けて出て行く。

 それと同時に驚愕の声が上がった。


「なっ!? ガキが出てきた!? てっきり殺されたんじゃないかって!!」

「リーダー……?」

「ゆ、ユベル様!? お、お怪我はありませんかッ!? って、何ですか、その血はッ!!」

「アハハ、って、それは歩きながら説明するから。一旦屋敷に戻ろうって、ちょっ!?」


 俺がそういうよりも先にリリィが俺を抱える。


「失礼致します。すぐにお屋敷にお連れしますから」

「え? いや、自分で歩け――」

「何か?」

「いえ……何でもございません」


 何処か脅しにも近しい事をされた。しかし、それだけリリィも心を開いてくれている証拠か。

 俺はそのまま抱えられ、レジスタンスの本拠地を後にした――。








 ユベルが去った後。

 パルマは一人、胸元に忍ばせたタバコを口に咥える。

 あの力は何だ? 見えない空間を掴み、自由自在に操る力。

 まるで、世界そのものをどうこうする力。パルマは大きくタバコを吸い、煙を吐く。


「利用価値はあるか…………当たり前の世界、か……フッ。クソガキの夢じゃあねぇな」

「リーダー……あの……」


 おそるおそるといった様子でバンダナ男が尋ねてくる。

 それにパルマは背中を向けたまま、口を開いた。


「あいつ等には利用価値がある。この地を、仲間を取り戻す為に大いに利用しようじゃねぇか」

「まさか、リーダーがあのアマルティア家を利用しようと考えるなんて……」

「あ? 損得で考えただけだ。今も見るだけで反吐が出る。さっさと飲みなおすぞ、付き合え」

「わ、分かりました!!」


 今でも脳裏を過ぎる、あの地獄とも呼べる光景が。

 だからこそ、アマルティア家は悪魔の一族。人間をなんとも思わない獣畜生。

 でも、あの時。奴から感じたのはそれとはまるで違う。

 正反対のモノ。世界を照らし出す光。


「……ヤキが回ったか? オレも」


 アマルティアにそんな感情を抱くなんてな。

 しかし、所詮はアマルティア。まだ警戒を解くべきではないだろう。


 あいつ等は平然と裏切る。


「だからこそ、見定める。あれは……地獄にあるんだからな」


 そう言いながら、パルマは胸元から血のついた封書を開く。

 そこにはこう書かれていた。


『リーダー、見取り図と鍵は地下室に。 フィリス』


 これはスパイからの最後の封書。

 字は歪み、所々掠れている。そして、紙の半分以上が血で汚れたもの。

 最後の最後で振り絞って書いてくれた代物だ。


 今は亡き仲間を思い、パルマは部屋を後にした――。

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