第11話 憎悪

 バンダナ男に連れられた場所で、俺は言葉を失った。

 場所は酒場の地下。

 そこがレジスタンスの隠れ家になっているらしく、身体の一部にバンダナを巻きつけた者たちが酒場のように集っているそんな場所。

 その最奥にある巨大な椅子に腰掛けている女性まで通された。


 その女性はあまりにも痛々しかった。


 右目にはバンダナと同じ赤色の眼帯。

 首元には火傷痕が見え、左腕の袖は力なく垂れ下がっている。多分、左腕が無い。

 それだけには留まらず、身体中には傷が見え、足は剣だった。


 女性は俺を見るや否や、酒を呷り、口を開いた。


「ユベル=アマルティア……おい、こいつを連れて来たバカは何処だ?」

「お、俺だ……パルテさん」

「ったく……最悪だぜ、酒が不味くなる……」


 そう言いながらパルテと呼ばれた女性。レジスタンスのリーダーは酒の注がれたグラスを俺に向けて投げつけ、ツバを吐く。

 それにリリィが声を上げそうになるが、リリィは周りに居るレジスタンスメンバーに刃を向けられ、動きを止める。


 俺の頭から酒の雫が零れ落ち、俺は真っ直ぐパルテを見た。

 パルテは脇に置いていた剣を抜き、その切っ先を俺に向けた。その表情にはどす黒い憎悪と殺意があった。


「てめぇの話はあのバカから聞いた。レジスタンスに協力してぇって話じゃあねぇか。残念だが、オレぁ、てめぇらみてぇな獣畜生と手を組むつもりはねぇ。帰りな」

「帰らない。俺の革命にはレジスタンスの戦力が必要だ」

「……随分とまぁ、夢物語を語るクソガキなもんだ。だが、てめぇもアマルティアだろうが!!」


 パルテは剣を振るい、それが俺の頬を軽く斬る。

 たらりと熱のあるモノが流れ落ち、そこに頭から被った酒が浸透し、沁みる。

 それで思わず顔を顰めると、パルテはニタリと笑った。


「ここに居る奴等は全員、少なからずアマルティアに恨みがあんだよ。大切な奴を殺された奴等、大切な居場所を奪った奴等、そして……てめぇの身体すらも玩具にされた奴等……てめぇは最初から死にに来てんだよ」

「ああ、そうだ。その上で頼んでるんだ」

「…………」


 俺は決してパルテに怯む事なく真っ直ぐ向き合う。

 アマルティア家のやってきた事なんか分かってる。分かってるから、変えたいと思っている。

 それで受けた彼等の屈辱が筆舌にしがたいことも。

 でも、ここで臆せば、死ぬだけだ。


 俺は真っ直ぐパルテを見据え、口を開いた。


 関係値なんて最初から無い。むしろ、持つ事なんて不可能だ。

 だったら、こっちが彼等にとって有益かどうかを示すだけだ。俺は言葉を続ける。


「今、レジスタンスが欲してるものは人材と物資。その両方が足りてない。でも、それを両方、一挙に手に入れる事が出来る場所がある。ヴァルテン牢獄だ」

「…………」

「そのヴァルテン牢獄にレジスタンスは襲撃したい。でも、それには情報が少なすぎるんだ。過去、一度それで失敗してるから」


 俺の言葉にパルテは眉間に皺を寄せ、ドカリと椅子に腰掛ける。


「レジスタンスが欲してるのは牢獄の情報……見取り図。それと牢獄の鍵。それさえあれば、牢獄を襲撃して仲間を救い、勢いそのままに攻め込む事が出来る……違うか?」

「クソガキが……意外と頭が回るみてぇだな」


 パルテは真っ直ぐ俺を睨み付けたまま、言葉を続ける。


「かと言って、てめぇは信頼できねぇな。情報もオレたちが持ってるのと大差ねぇゴミみてぇなもんだ」

「ああ、だから、見取り図と鍵を取ってきてやる」

「………………」


 俺の提案を聞き、パルテはピクリと眉を動かした。

 そう、彼等が欲するものは間違いなく、アマルティア家の屋敷にある。

 それを手に入れる事が出来れば、レジスタンスを味方に付けることが出来るはず。

 ただ、その場所が分からないという欠点はあるが。


「見取り図と鍵を手に入れたら、俺に協力して欲しい。ここを変える為に」

「ちっ……クソガキが生意気な……」


 そう言いながら、パルテは脇に置いていた剣を俺の目の前に投げ捨てた。

 それと同時にパルテは立ち上がる。


「オレと殺れ」

「え?」

「……二度は言わねぇ。オレと殺れ」

「…………」


 ゾクリ、と背筋が震えた。こいつは俺を試すつもりか。

 パルテは両足が剣になっているにも関わらず、器用に立ち上がり、近くにあった扉を開ける。

 その奥はレジスタンスの修練場なのか、かなり広々とした空間が広がっている。


 パルテをそこを見せつけながら、口を開いた。


「てめぇの意見は分かった。協力を意地でも取り付けたいらしいな。だったら、てめぇの覚悟くらいオレに見せろよ。それとも口だけか? だったら、今すぐここで死ぬ事になる。どうする?」

「…………」

「勘違いすんな。チャンスをやってんだよ。てめぇがここで死ぬ未来か、オレに殺されて死ぬ未来か……」


 パルテの憎悪が急激に膨れ上がった気がした。

 それに増長して、周りの殺意も膨れ上がっていく。俺を見る目が完全に汚物を見るような眼。

 これくらい覚悟していた。


 悪役の……それもアマルティア家が反対勢力の所に行くというのがどういう事か。


「ゆ、ユベル様!! いけませんっ!!」

「リリィ!!」

「は、はい!!」

「騒ぐな。俺は大丈夫。生きて戻るから」


 俺は剣を手に持ち、ずっしりとした重さを感じた。

 そのまま足を進め、扉の先へと進む。

 パルテは俺の前に立ち、口を開いた。


「一つ、教えといてやるよ。オレがこんな身体になったのは、てめぇらのせいだ」

「…………」


 憎悪の正体はそれか。

 逆に思うが、良く生きていると思ってしまう。パルテは言葉を続ける。


「眼も腕も足も全部、てめぇらに奪われたんだよ。遊び半分でな……つまり、分かってんだろ? オレははなっから、てめぇを認める気なんざねぇんだよ」

「……だろうな。……だとしても、やらなくちゃならないんだよ」


 俺は剣を抜き、鞘を投げ捨てる。子どもながらに重い剣を真っ直ぐパルムに向ける。


「俺が死ぬ訳にはいかない。俺は生きるんだよ。ここを変える為にな」

「はっ!! 御託は良いんだよ!! さっさと殺ろうぜ!! 獣畜生がッ!!」


  

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