第10話 レジスタンス
俺とリリィは屋敷から離れ、街に来ていた。
何度来ても酷いものだ。
屋敷周辺やその階級で暮らしている者たち、所謂、アマルティア家の寵愛を受けているような家は全て煌びやかかつ、豪勢な雰囲気のある所で暮らしている。
かくいう、俺もそう。
しかし、一度街に下りれば、手入れの全く行き届いていない陰鬱な雰囲気と人々の顔にこべりついたアマルティア家への憎悪の感情。
上、つまり周辺で暮らしている者たちと街にてドブネズミのような暮らしをしているこの差はただ一つ。
『税』だ。
アマルティア家が定めた税を納めることが出来る者だけが豪勢な生活が約束され、それが出来ない人間たちには希望なんて何も無い地獄のような生活が待っている。
それだけではなく、ここは『絶海の孤島』
外部からやってくる物資の殆どはこの上に居る者たちが半ば独占しているような状況だ。
格差が大きすぎる貧富の差。それを見つめ、俺は息を吐く。
「……エステルを追い掛けたときに感じたけど、本当に酷いな」
「そう、思います。全て、ご両親が設定した税によるもの……当然、中には身が回らなくなり、奴隷になる者も居ます……」
「だろうな。それに生活自体が上だけでも何とかなってるのがな……」
そう、アマルティア家からすればこの下の街で暮らす人間が必要ないのだ。
上に居る人間たちで充分に生活を営んでいく事が出来るし、それだけの物資も獲得できている。
そんな彼等からしてみれば、税も払わない者たちなど、ただのごく潰し。
無論、それが法外な税でなければ、という話だが。
「……まるでアマルティア家の人間牧場のようだな」
俺はそう呟いてしまう。
リリィが言った通り、この街で暮らしている人たちの中には奴隷に堕ちてしまう者も居るんだろう。
そして、そんな奴隷たちを利用し、アマルティア家の悪魔共はまた新しい作品を生み出す。
さながら、家畜。
「こんな事早く止めないとな」
「はい、勿論です」
「おい、アマルティア家の坊主!!」
「ちょっとアンタッ!!」
目の前に突如、酒瓶を手に持った男が姿を見せる。
それを必死に止めているのがその嫁、だろうか。
男は俺に詰め寄ろうとした瞬間、その間にリリィが割って入る。
それに俺は声を掛ける。
「リリィ、良い。何だ?」
「ゆ、ユベル様!?」
「お前ぇ~、どういう顔でこの街を歩いてんだよ!! この街がこんなんなってるって自覚はねぇのかよぉ、なぁ!!」
「すいません、すいません!! すぐに黙らせるので、どうか……」
奥さんが瞳に涙を浮かべ、男を止めようとしている。
その瞳には恐怖が見える。しかし、男は止まらない。
「お前等のせいで、生活すらもままならねぇ!! この街に居る奴が毎日、どれだけ死のうとしてるのか分かってんのか!! お前等は人殺しだよ!! 人殺し!!」
「アンタやめなって、死にたいのかい!!」
「何で逆らったくれぇで殺されなくちゃいけねぇんだよ!! そんなにこいつ等が偉いのかよ!!」
「…………」
「ユベル様……」
酒に任せた本音か、男の言葉に周りで俺たちを見ていた街の人たちも小さく頷いている。
皆、同じ気持ちなのは当たり前だ。
辛くて苦しい生活をしていて、何も変わらない事実。
逆らったとしても、騎士団に弾き返される。その力に屈服する事しか無かった事実。
でも、こんな生活を受け入れる事なんて出来ない。でも、逆らえる力なんて持ってない。
理想と現実。それらを全て、俺は飲み込み、歩き出す。
男の方へは決して振り向かずに。
それが男の逆鱗に触れたのか、男は思い切り右手を振り上げた。その手には酒瓶。
それを俺の頭目掛けて一気に振り下ろした。
「何とか言えや!!」
「っ!?」
「ユベル様!!!」
俺はやってくる衝撃に身を守るように頭を守り、目を閉じる。
しかし、一向に衝撃はやって来ない。どうしてだ? もしかして、リリィ!?
俺がパチっと勢い良く目を開けたら、男の酒瓶を手に持って、振りかぶるのを止めているバンダナの男が居た。
その男は見た事があった。
エステルが財布を盗んだ男。その男は酒瓶を振りかぶる男の手を下ろさせてから、口を開いた。
「この街でゴタゴタは止してくれないか? ウチのリーダーがキレちまうからよ」
「……ちっ」
「……ったく。財布を盗まれたせいで、こんなパトロールをしなくちゃならんなんてな。少年、無事か……って……ユベル=アマルティア!?」
咄嗟の判断で助けてくれたのか、俺をどうやらユベルだとは認識していなかったらしい。
バンダナの男は俺から距離を取り、訝しげな表情になる。
「何でアンタがこんな所に……」
「ゆ、ユベル様、お怪我はありませんか!? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……大丈夫だから……」
バンダナの男が訝しげな表情になるとほぼ同時に、俺の身体を弄ってくるリリィ。
あの、どさくさに紛れて何処触ってるんですか?
俺をある程度弄ってから怪我が無い事に安堵したのかリリィが離れる。
俺はバンダナ男の前に歩き出し、ポケットから財布を取り出した。
それを見てバンダナ男は目を丸くする。
「なっ!? 何でアンタが持ってる!?」
「落ちてたけど……」
「そ、そうか……いや、受け取ってもいいのか? もしかしたら、何かマジックアイテムが……」
「そういうのありませんから。中に結構な金額が入ってたので」
俺はバンダナ男へ財布を投げ渡すと、リリィが耳打ちをする。
「あのバンダナ……レジスタンスかと……」
「やっぱりそうか……」
レジスタンスの特徴には目を通している。何でも身体のどこかにバンダナを付けているのがレジスタンスの証らしい。
さて、どうしたもんか。ここからどうレジスタンスに近付いていくか。
バンダナ男は財布を受け取ると俺に背を向ける。
「それじゃあ、俺はこれで」
いや、このまま去られるのは面倒くさい。どうせなら。
俺はすぐさま声を上げる。
「あ、あの!!」
「な、何だよ……別に悪い事はしてねぇよ!!」
「お前等レジスタンス、だよな? アマルティア家の転覆を狙ってる……」
「ん? うおっ!? やべっ!?」
男は頭に巻いていたバンダナに気付いたのか、すぐさま解き、ポケットに押し込む。
いや、気付いてなかったのかよ。これで大丈夫か? レジスタンス。
バンダナ男は俺を睨み付けたまま、腰を低くする。
「おっと、俺に余計な事はしない方がいいぜ。こう見えても俺は……」
「お前等のリーダーに会いたい」
「なっ……何言ってんだ!! 会わせる訳ねぇだろ!!」
俺は真っ直ぐバンダナ男へと足を進め、男にだけ聞こえるように囁く。
「アンタらのやろうとしてる事の手伝いがしたいって言ってるんだよ。俺はアマルティア家を潰したいんだよ」
「な、何言ってんだ?」
「アンタらが欲しいのは人と物資。過去の戦いでアンタらの仲間は捕虜になってて、物資も全く足りてない。今はそれを集めてるんだろ? でも、そうしなくても良い方法がある」
レジスタンスを活用するにはこっちがレジスタンスについてのメリットを話すしかない。
元々、最初から信頼されるだなんて思っていない。だったら、こっちから出せる情報を口にするしかない。
「ヴァルテン牢獄……そこがアンタたちが喉から手が出る程欲しがってる場所。違うか? そこでの戦いなら多分、力になれる。だから、リーダーの所に連れて行け」
「こいつ……」
「俺はここに『革命』を起こす。全部――ひっくり返すつもりだ。その為にはアンタ等の力が必要だ」
「…………」
俺の言葉にバンダナ男は考え込む。
しばし考えてから、バンダナ男は小さく頷いた。
「……分かった。リーダーの所には連れて行ってやる。その代わり、そっちの女。そいつを人質として寄越せ。お前がもしも、不審な行動をしたら、そいつを殺す。それでどうだ?」
「リリィ?」
「問題ありません。私はユベル様を信じていますから」
「……ごめん」
確かに。リーダーに会わせるのなら、こちらの大切な存在も差し出さなければ意味が無い。
バンダナ男は腰の後ろに佩いていた小刀を取り出し、リリィの背中に突きつける。
「さあ、行くぞ。場所は案内する」
「ああ、人質なんだからリリィを傷つけるなよ」
「分かってる。そっちこそ、変な事するなよ」
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