第9話 革命の心得

「これで良し。ユベル様、治療が終わりましたよ」

「ありがとう。次はエステルを見てやってくれ」

「畏まりました、さあ、エステル様。足を見せてください」


 俺たちはリリィと合流を果たし、屋敷に戻ってきていた。

 今、俺の右腕の治療を終え、次にリリィが行っているのはエステルの足の治療だ。

 リリィは右手に淡い緑色の光を纏わせ、エステルの右脚に触れる。


「……あまり酷くないようで良かったです」

「ありがとう、ございます」


 ペコペコと頭を下げるエステルにリリィは目を丸くする。

 先ほどの暴れっぷりからは想像も出来ないお淑やかさだ。


 俺は自分の椅子に座りなおし、机の上に置かれていた紙の束を見つける。

 それを手に取るとリリィが口を開いた。


「あ、ユベル様。そちらにあるのは私が集めた情報です」

「情報? 良く集められたな。あんまり外に出れないのに……」


 一応、リリィは名目上は俺の奴隷という事にはなっている。

 この家での奴隷とは主に従属している存在であり、生殺与奪から、全ての権利まで主が握っている。主人は俺、という事にはなっているが、あの両親が変に首を突っ込んでこない可能性はゼロではない。

 だから、基本的にはこの部屋で過ごすように言っていたが……。


「だって、ユベル様のお力になりたかったですから。それで色々な情報が手に入りまして」

「えっと何々……」


 俺は一番上に置かれていた紙を見つめ、読み上げる。


「年下の男性の落とし方……」

「わわわわっ!? ちょっと、ち、ちがっ!! 違います!!」


 シュバっとリリィが機敏な動きで俺の手から紙を奪い取る。

 まだタイトルしか読んでいないが、恐らくろくでもないものだろう。

 すると、それに反応を示したのはエステルだった。


「ま、待って!! リリィさんはユベルくんが!? ダメ!! ユベルくんは私の!!」

「も、申し訳ありません。し、しかし……ゆ、ユベル様は私を人間にしてくださった方で……」

「ユベルくんは私の最初の友達だよ!! メイドが取らないで!!」

「おい、エステル。リリィに謝れ」


 今の言葉は頂けない。俺はエステルを強く見つめる。


「メイドだから下とかそういうのは良くない。俺もエステルもリリィも同じ人間だ。今のはリリィを傷つけると同時にエステル自身を落とす事になるぞ」

「うー……でも……」

「エステルはメイドだからってリリィを見下すのか? それは君自身もまた誰かにバカにされる事にもなる。それは嫌だろう?」

「うん……嫌です」

「だったら、ちゃんとリリィに謝るんだ」


 他者をサゲるようなことを言えば、それは同時に自分の品位を下げる事になる。

 下劣な言葉を扱い、他者を罵る存在になってしまう。

 俺はエステルにそんな風になってほしくない。それを分かってくれたのか、エステルはリリィに頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……」

「い、いえいえ。気にしてませんから。それより、エステル様も?」

「……ん」

「……そうです。じゃあ、今度二人でゆっくりお話しませんか? 二人でお茶でも飲みながら、ユベル様について」

「あ……うん!! それ、やりたい!!」

「じゃあ、約束です」


 リリィはそう言いながらエステルの小指に自身の小指を絡める。

 何だかんだ言って、仲良く出来そうだな。俺はそう思い、紙を手に取る。

 次の紙は先ほどとは変わり、かなり真剣なものだ。


「レジスタンス襲撃報告書……」

「あ、そうです。ユベル様。どうやら、アマルティア家に反旗を翻す組織が存在しているそうなんです。それがレジスタンスであり、街の中に身を潜めているんだとか」


 レジスタンス。

 これが主人公たちが見つける協力者。

 彼等と協力する事で、アマルティア家を滅ぼし、俺が死ぬ事になる。

 

 そして、それは同時にエステルの死にも繋がる。


 俺は襲撃事件の概要を確認する。


「過去二度の襲撃。しかし、どちらもアマルティア騎士団の手によって鎮圧……明確な戦力差と一人の存在か……ローズ=アマルティア……姉か」

「メイド長のローズさんがレジスタンスの活動を全部把握し、対策を打っていたようなんです。それでレジスタンスの戦力が捕まってしまって……」


 俺は椅子にもたれかかると、ギシリという音が鳴り響く。


「んで、二回目はヴァルテン牢獄奪還と同時に囚人の救出。そして、アマルティア家の陥落を狙ったが、これもまた失敗……騎士団とメイド長にしてやられてるんだな……」


 アマルティア騎士団は良く知っている。

 アマルティア家にある最高戦力。俺でも動かすには両親の説得が必要なほどであり、言い換えるのなら、両親の所持している軍と言える。


 多くの者たちに魔法の才があると同時に失敗が許されないプレッシャーから、全員がそれなりの実力を有する組織。

 一般人で構成するレジスタンスでは少々相手にするのは分が悪い。


「……現状、レジスタンスは戦力が足りないんだな」

「だと思います」

「……ねぇ、ユベルくん」

「どうした?」


 話を聞いていたエステルが首をかしげる。


「ユベルくんは何をしようとしてるの?」

「ああ、話してなかったか。……俺はアマルティア家にある闇を払おうとしてる。その為に戦おうと思ってな」

「え? それって、お父さんとお母さんを殺すって事?」

「……そういう事になるな。でも、勿論、理由があるんだ」

「あ……あのお墓……」


 エステルはあの時見た光景を思い出したのか呟く。それに俺は頷いた。


「そう。あれは俺の両親が殺した奴等だ。あんな事をこれ以上続けさせる訳にはいかない。それにその被害にリリィだって遭いそうになったんだ。そんな地獄からここを解放する」

「地獄……」

「エステルは別に参加しなくてもいい。君は元々お客さんでもあるからな。身内のゴタゴタに巻き込むつもりはないさ」


 これに関してはエステルは何も関係ないと言える。

 戦いの際にも逃がす事さえ考えていれば、それで良いと思うし、彼女が戦う必要は無い。

 しかし、エステルは首を横に振る。


「ううん。ユベルくん。私にも手伝わせて」

「おい……君は別に……」

「関係なくないよ。私も……戦う。だって、ユベルくんが戦うんだもん。私だって、一緒に戦いたい」

「これは遊びじゃないんだぞ? 血だって大量に流れると思う。俺が君を守れる保障だってない」

「うん、分かってるよ。でも……私は……やらなくちゃって思うんだ」


 エステルは真っ直ぐ俺を見つめて、言葉を続ける。


「あの場所でずっとユベルくんが辛い顔をしてた、悲しい顔をしてた……その原因があるんなら、私だって一緒にやりたい……だって、私はユベルくんの友達だから……。

 友達が戦うんなら、私も戦う。それに……私は役立たずにはならないから」

「…………」


 エステルの真っ直ぐな言葉を聞き、俺は天井を見上げる。

 間違いなく戦いになれば、身の危険がある。俺一人だったら別に構わないけれど、エステルが関わるのなら、死ぬ気で彼女を守らなくちゃいけない。

 俺はそれだけの責任を背負えるのか。否、そうじゃないだろ。


 俺は小さく頷く。


「分かった。エステル、君もこの革命に参加してもらう。その代わり、行動はずっと俺と一緒にしてもらう事。それと革命の事は誰にも言わない事」

「う、うん!! そ、それでね。力になれることなんだけど……ここに『オーパーツ』って無い?」

「『オーパーツ』……天から降り注いだといわれる遺物か。リリィ、どうだ?」


 俺の問いかけにリリィは顎に手を当てて考え込み、思い出したのか、目を見開く。


「あ、そういえば。えっと、確かこの辺りに……」


 リリィは立ち上がり、俺の机の上から一枚の書類を見つけ、それをエステルに見せる。


「あ、これです!! これって何処にありますか?」

「えっと……屋敷の地下です」

「地下? おい、リリィ……」


 あそこを見せる気か?

 そう俺が言った瞬間、リリィが慌てて手を振る。


「ち、違います!! この部屋の地下室なんです!!」

「何? この部屋に地下室があったのか?」


 それは全然知らなかった……。確か作中では出てこなかったはずだが。

 俺の疑問にリリィが答える。


「拷問部屋に、とご両親が用意されたものなんですよ。確かそこの最奥にあったかと……」

「なるほど……。エステル、それで何が出来る?」

「う~ん、調べる事かな? 私、オーパーツが好きで色々と調べてて、そういう事は得意なんだよね~」

「……そうか」


 それ、滅茶苦茶すごい才能じゃないか?

 確かオーパーツを使えるのって主人公だけの特権じゃなかっただろうか。

 もしや、作中で使わなかっただけでエステルにも同じ才能が?

 だとしたら、ユベルという男、どれだけのデバフを周りに振り撒いていたのか。

 

 しかし、そうなんだとしたら、話が大きく変わってくる。


「エステル、君はオーパーツについて調べてくれ。好きに使ってもらって構わない」

「う、うん!! 私、頑張るね!!」

「宜しく頼む、信じてる。俺はレジスタンスの所に行く。リリィ、ついてきてくれないか?」

「えぇ!? れ、レジスタンスの所に行くんですか!?」


 リリィが驚くのも当たり前だ。

 レジスタンスはアマルティア家の根絶を目的にしている。そこに子息が行くなんて自殺しに行くようなものだ。

 しかし、行くしかない。俺は椅子から立ち上がり、口を開く。


「俺達だけじゃアマルティア家を滅ぼす事は出来ない」

「……あの、少し思ったんですけど。わ、私がご両親の食べるものに毒を盛る、というのは」

「今までのレジスタンスの行動を見抜いているメイド長がそれを見過ごすと思うか? 内側から何かをする場合、メイド長が。武力だと騎士団が、障害になる。それを乗り越える力は俺たちには無い」


 家から変えようとしてもメイド長が立ち塞がり、武力に訴えても騎士団に殺されるのがオチだ。

 こちらに必要なのは絶対的な戦力だ。


「それにこのまま暗殺したとしても民の心根はそう簡単に変わらない」

「どういう事ですか?」

「アマルティア家の巨悪を倒す為に……ここを一つにしたい。そうしなければ、代が変わったとしても、皆が協力して世界を創る事が出来ない。また、同じ事を繰り返す事になる」


 誰かが単独で奪い取ったとしても、またその輩の独裁が始まるだけ。

 独裁という形が民衆の心に根付いているせいで、変革を起こしたとしても、付いてこない。

 だからこそ、成功体験が必要になる。

 扇動でも何でもいい。団結し、巨悪を倒したという経験が。


 それが民たちに大きな自信と力を与える事になる。


「革命は奴隷となった民衆の心が立ち上がり、打倒しなければ意味が無い。全員で勝ち取るべき戦い。俺はそう思ってる。だから、その旗印となる力は必須だ」

「……分かりました。では、エステル様、ご案内します」

「は、はい!! ここにはどんなオーパーツがあるんだろ……楽しみだな~」


 そんな事を呟きながら、エステルは部屋の中にある本棚の本を押す。

 それから本棚が丸ごと動き出し、階段が出現する。

 本当にあるじゃないか。


 エステルとリリィは階段の奥へと消えて行き、俺は一つ息を吐いた。


「レジスタンスの協力を得られるかで大きく変わる。ここが気張りどころだ」 

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