第7話 エステル=リュミエール

『やっぱり、エクセアは天才だ!!』

『ええ、本当に!!』

『えへへ、お父様、お母様、エクセアは立派な淑女になりますわ』


 これが私のいつも見ている景色だ。

 嬉しそうに笑う父と母。そして、そんな喜ぶ両親を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる双子の姉。

 それをいつも遠めに見ていて……私には眩しすぎて、羨ましい景色。


 私はあの笑顔を向けられた事が無い。

 あの全てを包み込んでくれそうな優しい笑顔を。


 私を見るときは顔はいつだって――怖い顔。


『エステル、どうして出来ないんだ?』

『エクセアはもう貴方よりも随分と先に進んでいるのよ? ちゃんとやってるの?』

『やってる……やってるよ……」

『……だったら、もっと努力しなさい。こんな事でリュミエール家の名を背負う事など出来ない』

『そうよ。お姉ちゃんはできるんだから』


 私はいつもなんでも出来る姉と比べられる。

 魔法の才能も、勉強も、運動も。全部。でも、私は全部、お姉ちゃんに勝ってる所なんて無い。


 どれだけ頑張ったとしても、お姉ちゃんに勝てる所なんてない。

 そして、いつしか両親は私の事を見なくなっていった。


『……そうか』

『残念ね』


 ただ、それだけを言うだけで、私に向ける顔から表情が消えた。何か別の物を見るような目に変わっていた。

 私はそれが辛かった。私を見てくれない事が辛かった。


 だから、私は。


『……エステル!! どうして、いつもいつも私たちを困らせるんだ!!』

『そうよ!! もう悪戯なんて辞めてちょうだい!!』


 そうやってお説教をしてくれている間、私は私で居られた。


 凄く、嬉しかった。お父さんとお母さんが私を見てくれる。

 お姉ちゃんじゃなくて、私を。


 私は……お父さんとお母さんの気を惹く為にずっとずっと悪戯をしていた。

 

 でも、それがまずかったんだと思う。


『ねぇ、エステル』

『何、お姉ちゃん』

『どうしてお父様とお母様を困らせるの? 出来損ないの癖に』

『え……』


 ある日、エクセアにそんな事を言われた。

 私を嫌うような眼差しで、鋭く睨みつけて。まるで、私を邪魔者のように。


 私はただ、お父さんとお母さんに見て欲しかっただけなのに。

 エクセアは鋭い眼差しを崩さずに言い放つ。


『出来損ないなんだから、私の邪魔しないでよ』

『……邪魔なんてしてない。私はただ、お父様とお母様が』

『分からないか。そうだよね、バカだもんね。だから、分かりやすく言ってあげる。お父様もお母様も、お前を捨てるつもりよ。いらないの、貴方なんて』


 え? エクセアから語られる言葉に私は絶句した。

 お父さんとお母さんはその後に言っていた。


『エステル、君は婚約者として他の名家に嫁ぐんだ。さあ』

『私はしたくない』

『エステル、我侭言わないの。貴方はそれしか出来ないんだから』


 私は貴族との結婚を命令された。それはまるで、私を厄介払いするかのように。

 そんな事、私はしたくない。


 私は、私は、白馬に乗ってやってくる王子様と結婚するのに。


 だから、私は――。


 暴れた。暴れまわった。イタズラもしたし、相手に失礼な事だって沢山した。

 その度に婚約の話は無くなった。


 だって、私はエステル=リュミエールで、リュミエール家の令嬢なんだから。

 誰かと結婚するなんて絶対に嫌だったから。

 私は私の選んだ人と結婚したいんだから。


 でも、私は知ってしまった。


 エクセアとお父さんとお母さんが話し合っていたのを見てしまった。


『もう何度目だ……婚約破棄されるのは……エステルは何を考えているんだ? 何も出来ないのだから、相手に失礼の無いように過ごす事も出来ないのか……』

『このままではリュミエール家の信用を失ってしまいますよ、貴方』

『ああ……』

『ねぇ、お父様、お母様。エステルはもう要らないんじゃないかな?』


 エクセアの言葉に父と母は目を丸くしていた。


『何を言っているんだ!! アレでも私の娘だ……』

『でも、エステルが婚約しないだけで、沢山の御家からいろいろ言われてるんでしょ? それにリュミエール家は優秀な人しか要らないって言ってたじゃん。エステルは優秀かな? リュミエール家にふさわしくないんじゃない?』

『……そうよ。だから、私達は相手の家に押し付けようとしたんじゃない。『名家』である事を守る為に。でも、そんな事も出来ないのなら、あの子はもう……生きる意味が無い』



 リュミエール家は『名家』だと言われている。

 東の大貴族とも呼ばれていて、名家である以上、優秀さを何よりも大切だと考えている。

 それに私は相応しくない、だから、私は要らない……。


 じゃあ、私って何なの?


 私はリュミエール家の人間じゃないの?



 私は……何の為に生きてるの?



 お父さんにもお母さんにも要らないって言われたら、私はどうしたら良いの?


 数日後。私は海を越えた。アマルティア家と呼ばれる家に嫁ぐ為に。

 でも、私は知ってる。ここは『墓場』だって。

 アマルティア家は悪魔の一族って言われていて、要らない子を処分する為の場所だって。


 そう、私は捨てられたんだ。リュミエール家から。








「バチが……当たっちゃったのかな……」


 目の前で唸り声を上げる狼たちを見つめ、私は木にもたれ掛る。

 あの男、ユベルから逃げてきて、この森の中に入った途端、私は狼のモンスターに追い掛け回されていて、足を怪我してしまった。

 それで逃げる事が出来なくなって、今、追い詰められている。


 今、刹那の間に思い出したリュミエール家での出来事。


 私は帰りたかった。この婚約だっていつも通り、破棄でも適当にして帰ろうって思ってた。

 やっぱり、私の場所はあんな所でも、あそこにしかない、から。


 私は……生きる意味が無い。


 生きててもしょうがない。そう言われた。うん、そうだと思う。


 私は目の前にいるモンスターたちに言う。


「ねぇ、私が食べたいの? だったら、ちゃんと食べてね。だって、それは君たちが私を欲しいって思ってくれたんだもん。最期の最期に、私を見てくれたんだもん」


 ただ、私は私を見て欲しかった。

 私にあの優しい笑顔を向けて欲しかった。私を、見て欲しかった。それだけ。本当にそれだけ。


 最期にモンスターが相手だったとしても、私の願いは叶えられた。

 私は美味しいのかな? 美味しかったら良いな。


 私は諦めて目をゆっくりと閉じる。それと同時にザっという地面を擦る音が聞こえた。

 私に狼モンスターが私に飛び込んできたはずだ。音でそうだと思った。

 でも、全然、衝撃が来ない。どうして? 私はゆっくりと目を開ける。


 すると、そこには自分の右腕を狼モンスターに噛ませているユベルの姿だった。


「い、っつ……何、してやがんだてめぇ!!」


 ユベルは狼の顔を左手で掴み、引き剥がそうとする。しかし、狼が更に強くユベルの右腕に強く噛み付く。それでも、ユベルの顔は死んでなかった。


「腕は美味くねぇっての!!」


 そんな声と同時にユベルが左手で狼の頭を殴ろうとした時。

 その手が触れるよりも先に狼の顔面に『ナニカ』がぶつかり、吹き飛んでいく。


「きゃんっ!! きゃん!!」


 狼モンスターは突然の衝撃にビビッてしまったのか、一目散にその場から去っていく。

 今のは魔法? 私が疑問に思っていた時、ユベルがその場に膝を付いた。


「いっつ……もっと、賢い方法をやるんだった」

「あ、あぁ……だ、大丈夫!?」


 私は思わず身体が動いていた。そして、彼の右手に治癒魔法をやってみる。

 学んだ事はある。でも、私の手から緑色の光が放たれるが、それはすぐに消える。

 どうして、治さなくちゃいけないのに。

 

「どうして……どうして、私には出来ないの!?」

「エステル……ありがとう。気持ちだけで凄く嬉しいよ」


 彼は私の頬に手を触れ、優しく笑った。

 その手は今まで触れてきた手の中で一番暖かくて……優しくて。


「うぅ……ひっく……うわああああああああ……」

「え? ちょっ!?」


 私は思わず泣いてしまった。彼が怪我をしているのに。それが嬉しくて。


 私はずっと泣いていた――。

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