第5話 悪役令嬢
何処だ、ここは。
俺は目の前に広がる光景に首を傾げる。何もない真っ白な空間。
知らない場所だ。でも、聞こえてくる。声が、聞こえてくる。
「助けて……助けて下さい」
その声は何処から聞こえてくるか全然分からない。
助けて、助けて、助けて、助けて。
周り全体から聞こえてくる無数の声が俺に迫ってくる。
そのどれもが恨み辛み、そして、絶望を孕んでいる。
「……これは、そうか。アマルティアの」
アマルティア家の獣に殺された人々の怨嗟の声なんだろう。
アマルティアの悪意に晒され、蹂躙された者たちの最後の叫び。
俺は理解する。革命は――彼らへの弔い合戦なんだと。
「……ん?」
「ユベル様? 大丈夫ですか?」
意識が戻り、最初に飛び込んできたのはリリィの心配そうに見つめる眼差しだった。
俺は全身を包み込む不快感を感じ、ゆっくりと身体を起こす。
外からは朝日が照りつけている。俺の額にタオルを当て、リリィは心配そうに言う。
「ユベル様、ずっとうなされていましたよ? 何か良くない夢を……」
「ああ、夢なんだと思う……。アマルティア家に殺された人たちの助けを求める声が聞こえたんだ」
「……無理なさらないで下さい。あんなものを見たんですから、身体が不調になってもおかしくありません」
「でも、そうも言っていられないだろ? 今日はリュミエール家から婚約者が来る、という話だろう?」
そう、今日はもう一つの鍵であり、俺の生涯の伴侶。エステル=リュミエールと出会う日。
俺の知る彼女は暴君、という言葉が一番似合う女の子だ。
悪役である俺と常に寄り添い、悪逆の限りを尽くした女。
過去、多くの貴族から婚約破棄をされ続けてきた悪役令嬢。
俺はベッドから降りてから衣服に手を掛け、手早く着替える。
すると、リリィが口を開いた。
「これからすぐにリュミエール家のご令嬢との顔合わせがあります」
「向こうのご両親は?」
「来ておりません。あの、ユベル様」
「何だ?」
「ユベル様はリュミエール家のご令嬢をどうなさるおつもりでしょうか?」
リリィは純粋な疑問なのか、小首をかしげながら尋ねる。
「私達には大きな目的があります。そうなると、ご令嬢にもお話するんですよね?」
「その辺りは向こう次第だ。こっちから強制する事は出来ないし、無いとは思うが、向こうと通じる可能性だってある。……まぁ、最善は尽くすつもりだよ」
「かしこまりました。あ、あの、ご無理だけはなさらないように、お願いします」
心配そうに言うリリィに俺は笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、リリィ。心配してくれてありがとう」
「いえ……本当に大丈夫ならそれで」
「それじゃあ、行って来るよ。リリィはこの部屋で待機してて。さすがに奴隷が出てくるってなると、かなり面倒になりそうだからね」
「分かりました。朝食のご用意をしておきます」
リリィが一つ頭を下げたのを見てから、俺は扉に手を掛け、廊下を進む。
あの夢のせいで、何だか身体の調子が悪いと言えば、悪いような気がする。
俺は自分の右手を見つめる。ぐっと軽く握った時だった。
グニャリ、と空間が曲がった。
「え?」
俺は手を広げる。それと同時に空間が元に戻り、首を傾げる。
今のは見間違えか? 俺はもう一度手で空間を掴んでみる。
しかし、次は何も起きない。
「な、何だったんだ、今の……」
何度も掌をグーパーグーパー、としてみたが何も変化が起きない。
俺は気のせいだと断じて、足を進める。
俺はイビルの私室前に到着し、一つ息を吐いた。
昨日の今日で会わないといけない。
勘繰られるな、俺はユベル=アマルティアだ。
できるだけ、思考回路を向こうに近づけろ。気取られたら面倒だ。
俺は頬を数回叩いてからノックをする。
「ユベルか?」
「うん、お父様。婚約者が来ているって話しだよね?」
扉を開けながらそういう俺。それに俺はゲロを吐きそうになる。
こんな獣畜生と話をしなくちゃいけない事が本当に嫌だ。
しかし、そんな俺の考えを弾き飛ばす存在が目の前に居た。
「……何?」
年齢は俺と同じくらい。というか、同じだ。
目を惹く黄金に煌く髪。顔は不機嫌なのか少しばかり仏頂面だけど、それでも分かる女神の如き美しさ。目元がパッチリとしていて、鼻筋も整っている美人系。
身を包む真っ白なドレスが何処か清楚さを醸し出しているが、それを損なっている足組み。
でも、それ以上に可愛かった。
こんなにもエステル=リュミエールは可愛かったのか。
俺が呆然としていると、イビルが口を開いた。
「はは、どうやら気に入ったようだね。エステル、君は今日から私たちの家の子だ。彼の伴侶として共に生活をして欲しい」
「……ええ、畏まりました。御義父様」
俺に向けていた不機嫌そうな態度とは一変して、ぶりっ子とも言えるあざとい言い方をしてから、すぐさま移動し、俺の手を掴む。
「それでは、私達は親睦を深めてまいりますので、これで失礼致します」
「ああ、ああ、それが良い。ユベル、きちんと『教育』をするように」
「わ、分かりましたって、ちょ、力……」
グイっと思い切り俺の腕を引っ張り、部屋の外へと無理矢理連れ出すエステルに俺を声を上げる。
「え、エステルさん!? いきなりそんなに引っ張らないで!!」
「あいつ、滅茶苦茶ヤな感じがした。何か臭いし」
「え……」
「ていうか、何、ここ。地獄って聞いてたけど、大したことないのね」
「おい、それは……」
エステルはフン、と鼻を鳴らし、俺から手を離した瞬間、俺を見下した眼差しで見つめる。
「ねぇ、貴方。ユベルと言ったかしら?」
「うん。そうだけど」
「そう。私、貴方と結婚するつもりなんてないから。私はね、ここで適当に暮らして、実家に帰るつもりなんだから。ていうか、お父様とお母様も意味分からないのよ」
ギリっと歯を鳴らし、指の爪を噛むエステル。
「私を島流しにするなんて……私はただ、私の素晴らしさを皆さんに教えているだけなのに」
「……そうなんだ」
「まぁ、ここで? 私の素晴らしさをまたお伝えすれば、お父様とお母様の考えだって変わるはずですわ。さあ、ユベル。言いなさい、この島で困っている事は何かしら!?」
「え? 特に無いけど」
俺の返答が気に入らなかったのか、エステルは眉間に皺を寄せる。
「はぁ? 貴方は私の召使になったのよ? だったら、私の才能くらい引き出せる何かを持ってきなさいよ、気が効かないわね。はぁ、だから、こんな離れた場所で貴族なんてやっているんでしょうけど」
「……君、性格悪いね」
「なっ!? 何ですって!? 私の何処が性格悪いんですの!?」
「いや、だって、面と向かってそんな事は言うべきじゃないし……君は人から言われていやな事とか無いの? そういうの考えたら良くない事だって分かると思うけど……」
俺の言葉が地雷だったのか、エステルはぎゅっとスカートの裾を握り締め、俺をキっと強く睨み付ける。
「お前もお父様とお母様と同じ事を言うんですのね……もう、良いですわ!! 私は疲れました!! 貴方の私室に連れて行きなさい!! そこで休みます!!」
「はいはい……」
どうやら、これは想像以上の暴君であるらしい。
でも、俺の記憶だと、彼女はただ苦しんでいるだけのはず。
そして、彼女はイビルに嫌悪感を抱いた。それは重畳。
ただ、どう心を開いてもらおうか。何よりも個人的に……気になるのも事実。
俺はこれからの事を考えながら、エステルを部屋へと連れて行った――。
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