第4話 地獄
「そろそろ……行くか」
夜。皆が寝静まった時間、俺は自室の扉を開け、廊下に出た。
リリィはああ言っていたけれど、やはり、知っておくべきだと俺は思う。
ゲームの中では大きく語られる事のなかったアマルティア家の地下室についてだ。
アマルティア家の両親、イビルとマルは共有で使う地下室がある。
メイドや奴隷たちが粗相をした時や、彼等が不機嫌になった時に連れて行かれる場所。
リリィは言った、そこは『地獄』だと。
俺は廊下を歩きながら思う。
革命を起こす。それには違いない。
でも、そうなった時。両親の結末についてずっと考えている。
殺すべきなのか、殺さないべきなのか。
ここは絶海の孤島。消すのなら、情報が海を越える事は無い。そして、ここアマルティアから追放する事が出来ればそれで良いんじゃないか、と。
「……これはユベルとしての気持ちが、俺の甘さか」
ここが地獄だと理解しているにも関わらず、心のどこかでそれを受け入れてしまっている自分が居るのも事実。
恐らくそれはこの身体の元々の持ち主であるユベルの意志なのか、何なのか分からないが、そうした感覚に襲われる事がある。
「それをきちんと見ておかないとな」
と、廊下を歩いていた時だった。とある部屋の扉の前を過ぎた時。
「ひっく……どう……して……」
女性の声が聞こえた。俺が思わず扉を開けると、そこは何気ない私室。
そこに一人蹲るメイドの姿があった。メイドは俺に気付くと、ハっとなり、すぐさま立ち上がろうとする。その表情に恐怖を浮かばせたまま。
「も、申し訳ありません!! すぐに戻りますから!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「……謝る事はない。それに何があった?」
その場を去ろうとするメイドを呼び止めると、彼女は私と大きく距離を取ってから口を開いた。
「先ほど、私の友人が地下室行きになって……今日、お父様とお母様に粗相をしてしまったから……」
「そうか……それは……」
俺は言葉が出てこなかった。
ここでじゃあ、助けに行こうなんて簡単に言える事でもない。
俺が眉間に皺を寄せていると、ポツリとメイドが言った。
「やっと出来た友達だったのに……」
「…………」
俺は思わず握り拳を作っていた。
こんな事がまかり通っている事自体がおかしい。これを速く変えなければ未来が無くなる。
俺は一歩前に足を踏み出すと、メイドが目を丸くし、一歩、後ずさった。
「あ……」
身体の反射だったんだろう。
メイドも自分のした事を理解出来たのか、一気に顔を真っ青にし、何度も何度も頭を下げる。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! 今のは違うんです!!」
「いや、気にしなくても良いよ。君の気持ちは充分、理解出来るから。君に俺は獣に見えるだろう? でも……それもすぐに終わるから。必ず終わらせるから……だから、お願い……もう少しだけで良い、もう少しだけ……耐えてくれ」
「お坊ちゃま?」
懇願だ。酷い事を言っているのは自覚している。
それでも必ず変えると。そういう希望を持って生きなくちゃ、ここは本当の地獄になってしまう。
彼女には生きていて欲しいから、俺はそう言ってから部屋を後にし、足を進める。
「……ここだ」
とある部屋の床板を外した先。俺は床板を外して出来た階段を見つめる。
腰に付けていたランプを手に持ち、階段をゆっくりと下りていく。
灯りは無い。俺は足元を照らし、出来るだけ物音を立てずに歩みを進める。
階段を下りきり、俺は周囲を照らす。
地下室の見取り図は全て頭の中に入れてきた。
この地下室は大きな部屋が四つ存在し、それを一つの通路で繋いでいるかなり独特の形をしている。
その最初の部屋に到着したらしい。
俺はその目の前にある光景を見て、絶句すると同時に腹の底から何かが昇ってくるのを感じ、右手で思わず口を塞ぐ。
「おえっ……何だ、これ……」
最初の部屋、そこにあったのは『人体アート』だ。
否、これはアートと呼んで良いのか。
目を閉じる人の顔、幾何学に手足が生やされ、それが無作為に付けられてる。
最早、頭の中で理解する事を拒むほどの代物。
俺はゆっくりとそれらの物体に近付き、良く見た。
アートというには何処か――人間、らしい。
「おい……マジか……」
直感的に悟ってしまった。
もしかして、俺は思わず後ずさりする。ありえるはずが無い。
これはもう――人間なんかの所業じゃない。
「人間……なのか……」
「きゃああああああああああああああああああッ!!」
俺をショックから無理矢理引き戻す女性の悲鳴が鼓膜を震わせる。
思わず目を丸くし、俺は声のした方向へと足を進める。
その途中にも、人間を利用した物体が所狭しと並んでいる。
俺は一つの扉の前に辿り着いた。こっそりと扉を開き、中の様子を見た。
そこには天井から吊るされた裸の女性。その身体には無数の切り傷と鞭で打たれた跡、そして、顔は赤く腫れ上がり、血を流している。
ポタリポタリ、と指先からも夥しい量の血を流していて、見るに耐えない姿だった。
そんな女性を恍惚な表情で見ているイビルと器具を整理しているマル。
そして、無感情のままそれを眺めているメイド長ローズ=アマルティア。
「良い、良い声で鳴くね。君は……。君を初めて見た時から、是非ともその声で奏でる芸術を知りたいと思っていたよ」
「もぅ……やめて……もぅ……ころし……」
「ああ、もうじき事切れるだろう。そうしたら、マルが君をアマルティアに伝わる神への供物としよう。それは母さんの仕事だ」
「ええ。ついに、100体を超える作品になる……。さあ、始めましょうか」
扉の隙間から見た光景。
そこからの光景を俺は忘れる事は無いだろう。
それと同時に、俺の中で何かがカチリ、と嵌った気がした。
ああ、そうか。この二人、この家に住まう害虫はあいつ等だ。
人の身体を弄んで声を上げる父イビル。
生きているにも関わらず、身体を切り裂いて恍惚な表情を浮かべる母 マル。
そして、それらの異常行動、人為を超えた行動に何の疑問も抱かないメイド長 ローズ=アマルティア。
その時、俺は目が合った気がした。
まるでまな板の上の魚のように寝転がるメイドと。
その顔には――絶望と失意、そして、この場から逃げたいという意志が見えた気がした。
救いを求める、その目を。俺は――見てしまった。
そして、女性は動かなくなり、されるがままになっていた。
俺はゆっくりと扉を閉じた。
それからランプを手に歩き出す。
今まで俺は甘かった。
ああ、甘い。そんなので良いはずがない。
理解した途端、この家からは人間が腐った臭いがする。
俺が歩みを進め、地下室から出てきた時。
「ゆ、ユベル様!!」
「……リリィ?」
「ああ、ユベル様……見てしまわれたのですか」
恐らく気になって付いてきただろうリリィが俺を優しく抱き締め、何度も何度も頭を撫でる。
「見なくても良かったのに、どうして……お辛いに決まってます。あんなもの……」
「……いや、見て良かったよ、リリィ」
「ユベル様?」
「覚悟が決まったから……」
俺はリリィからゆっくり離れ、真っ直ぐリリィを見た。
「俺は少しだけ思ってたんだ。まだ革命を起こしても生かしても良いかなって。でも、違う。あいつ等は生きていたらいけない。あいつ等は……人間じゃない」
「ユベル様……」
「ここは地獄だ。人間の邪悪さと腐敗の空気がする。それは全部、綺麗にしなくちゃいけない。リリィ。革命は――必ず起こす。あいつ等を野放しにはしない」
あいつ等が生きていたら、同じ事が行われる。
すぐにでも革命を起こす必要があるけど、まだ足りない。
しかし、覚悟は、腹は決まった。
革命を起こす。この地獄を、俺の手で終わらせてやると。
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