第4話 あずかり知らぬところで、恋愛フラグは立っている

(よかった。いつも通りの反応で……)




 ベルはほっと胸をなで下ろす。


 料理がド下手なのは昔からで、レイスには迷惑をかけまくっている。


 その点は、ベルも頭が上がらないのだが――




 目覚めてからのレイスが、どこかおかしい。


 料理がマズい恨みも含め、憎まれ口しか叩かないあのレイスが、優しい言葉を発した。




 そんな状態の息子を目にしたら、エインズは何を言うだろうか?


 レイスに何かあれば、その責任は付き人であるベルに行く。


 残忍で冷酷なエインズのことだ、もしもレイスの異変に気付けば、確実にベルの首が飛ぶ。




 レイスの異変を悟らせるわけにはいかなかったが、今のレイスは何をしでかすかわからない。


「美味しいよ」なんて言って食べられたら、一貫の終わりだった。




 そんな絶望的な状況で、レイスは一言「ギブです」と言った。


 今日一日、いつも通りの反応を一切しなかったレイスが、エインズの前でだけいつも通りだった。




 ――その状況が、ベルを勘違いさせてしまう。




(もしかしてレイス様、私を守ってくれた……)




 ベルの頭に浮かんだ、一つの答え。


 ベルの首が飛ばないよう、気を遣っていつも通りの反応を演じているのだと、頭の中で勝手に結論づけられる。




 なぜか「本当に、心底マズくてギブアップした」という可能性が頭からすっぽりと抜けたまま、ベルは盛大に勘違いしてしまっていた。




 今日一日、レイスはベルを責めるどころか優しく接していたせいもあるだろう。


 それに拍車をかけるように、ベルには異性に対する免疫がなかった。


 物心ついたときからメイドとしての人生しか歩んでいないベルは、当然恋愛経験など無い。




 《恋愛フラグが折られる呪い》をかけられているレイス本人は、どう頑張っても恋愛することができないとそう思い込んでいるが、実はそうではない。


 


 呪いをかけられたのはレイスだけであって、ベルには関係のない話。


 つまり、ベル側では思わぬ形で恋愛フラグが立ってしまったのである。




 いきなり微笑みかけられ、不意打ちのように頭に手を置かれ、現在進行形で気を遣われている。




(まさかこれは……脈、あり……!?)




 ベルの頬が、一気に赤くなる。


 黒い髪の毛が感情の昂ぶりに合わせて逆立ち、額から汗が噴き出した。




「どうしたのベル。顔が赤いわよ?」




 姿勢を正して隣に立っている、次男の専属メイド、アリスが心配そうにベルの顔を覗き込む。




「風邪でもひいたの?」


「そ、そんなことない!」


「でも、汗も出てるし……」


「大丈夫だから、ね! 気にしないで」




 ベルは慌てて否定する。


 胸に手を当てるとドキドキと心臓の音が高鳴っているのを、気のせいだとわりきる。




(うん、絶対に気のせい。レイス様が仮に私をす、すす、好きだったとしても、私がレイス様を好きになる理由はないわけだし?)




 ベルは、自分に言い聞かせるように何度も頷く。




 あくまで、レイスとベルは主人と従者の関係。


 そこに恋愛などあってはならないし、あるはずがない。




「ま、まあレイス様の気持ちは嬉しいですが……私はそう簡単に堕ちませんよ」


「何一人でわけのわからないこと言ってるの?」


「!?!?」




 独り言を目敏くアリスに拾われ、ベルはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にした。




 「簡単には堕ちない」


 そう断言したベルだったが、彼女はまだ知らない。




 これから僅か数時間後、レイスという存在に口説き落とされてしまうことを。

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